「はぁ……最近、ロイの様子がおかしい?」
 黙って頷くと、マルスはリンクの出してくれた紅茶に口をつけた。
「なんだか……僕と並んで歩こうとすると急に早足になって前に行こうとするし、なんだか悔しそうな視線で僕を見るし……なんなんだろう、もう」
 マルスは大きくため息をつき、そう言った。
 思い起こせば確かに、ここ最近のロイの言動は少しおかしかった。今までは二人とも兄弟のようにいつも一緒に居たのに、ここのところロイは毎日マルスを避けるように過ごしている。
 避けられている本人であるマルスも、ロイが何故マルスを避けるのか、理由は如何やら知らないようだ。マルスの顔色を覗き見る限り、大方、身に覚えはないが自分が何か悪いことをしてロイに嫌われたとでも思っているのだろう。
「僕……何かしたのかな」
 やはり想像したとおりのことを思っているようだ。考えていることが非常にわかりやすいマルスに、リンクはそっと心の中で溜息をついて、
「そうかな、ロイが本当にマルスを嫌っているなら、もっと、素っ気無い行動を取ると思うな……ぼくが見る限り、あれは嫌っているというより……何かを気にしている、みたいな感じに見えるな」
「気にしているって……何を?」
「それが分からないから『何か』なんじゃないかな。そもそもロイに聞いてみれば済む話だし」
「そっか……くだらない事にわざわざごめんね。もう、帰るよ」
 そう言って、マルスは椅子から立って、部屋を出ようとドアノブに手をかける。ドアノブを掴んだ手を回す前に一度踵を返して、
「紅茶、おいしかったよ」
「……どういたしまして」
 リンクがひらひらと手を振ると、マルスはにっこりと笑って、そのまま部屋を出て行った。



「……それで、一体どうしたの? あの通りマルスだって心配しているのに」
 マルスがドアを閉めて、暫く経った後、紅茶を啜りながらリンクが呟く。するとベッドの下からもぞもぞとロイが出てきた。
 マルスが来るなり行き成りロイはベッドの下に隠れ出し、マルスがここに居る間、ロイはずっとベッドの下に隠れていたのだ。
「……なんでもないよ」
「ぼくなら、本当になんでもないならベッドの下に隠れたりなんかしないね。ロイだってなんでもないのにベッドの下に隠れるような人間じゃないだろ?」
「リンクに……頼みごとがあってきました」
「何かな? ぼくでよければなんでも……」
 そこまで言いかけたところで、ベッドの近くでいじいじとしゃがんでいたロイがいきなりがし、とリンクの両手を掴んだ。眉毛が数えられるくらいの距離にロイの顔がある。

「どうしたらリンク達みたいに大きくなれるか、教えて下さい!」
「……は?」



「で、ぼくらが君より背が高いから気になると」
「だから、どうやったら背が高くなるか知りたくて……」
 成る程、確かにロイは、本人には少し失礼だがリンクやマルスより少し背が低い。  ロイは15歳で、リンク・ダークは16歳、マルスは18歳。大して年齢差もないのにこれだけ身長差があればロイも気にするだろう。
 特にリンクとロイは年がひとつしか変わらないというのに、頭ひとつ分とまでは行かないが、身長は結構な差がある。
 マルスを避けるのも、マルスとの身長差から自分が小さく見られるのが嫌だから、マルスを避けて歩いているのだろう。
 ロイにはちょっと酷い話ではあるが、マルスとのあの身長差なら小さく見られたって無理もないだろう。
 それならロイが気にするのも、何となく頷けた。……とは言っても、
「自然に伸びたものだから、どうやったら背が伸びるのか聞かれても困るなぁ……」
「だからどうしたら自然に背が伸びるか聞きたいんですよ僕は!」
 机をばん。と叩いて怒られた。テーブルの上に乗っていたカップが大きく揺れる。どうやら本人にとっては非常に真剣な問題らしい。
「どうと言っても、自然に伸びた以上わからないし……。いつかは自然に伸びるんじゃないかなぁ」
「僕はもう15です。これから自然に伸びるといわれても年々止まりつつあるし、そもそも僕とリンクは1つしか年が違わないはずなのにこんなに身長差があるし……」
 相変わらずいじいじとロイは呟き続ける。別にそこまで背が低いことを気にしなくても、誰も気にしないというのに。
「じゃ、じゃあ牛乳を飲むとかさ……」
「……一日三本こどもリンクと一緒に飲んでいます」
「そんなすぐに大きくなるわけじゃないし……」
「……三ヶ月前から続けています」
 いつまでもいじいじしているロイの姿に、流石に温厚なリンクも少しいらっと来た。リンクは先程のロイと同じようにばん、と机を叩いて。
「別に背が低いだなんてどうてもいいじゃないか! ロイは公子なんだろ? 公子の背が低いことを気にする人なんか居ないだろう! やがて人の上の立つ人間がそんなに小さいことでいじいじしててどうする!」
 それに対し怒ったのか、ロイも同じように机をばん、と叩いて。
「なっ……小さいことだなんて……僕にとっては大問題なんです! だからリンクにどうしたら背が高くなれるか聞きに来たんです! それにやがては人の上に立つ人間だから気にするんですよ! わかりますか!」
「わかんないね! ロイやマルスと違ってぼくは平民だし!」
 言いたいことを存分に言って、睨みあった後、急に先程の自分が馬鹿らしく思えてきて、ため息を吐いて椅子に腰掛けた。ロイも同じように椅子に腰掛ける。
「……とにかく、ロイのその悩みのせいでマルスが心配してるんだ。わかる? せめてそのことはマルスに言っておかないと」
「でも恥ずかしいし……」
「恥ずかしいんだったら悩むのをやめなよ……。じゃあ、ロイが言えないんだったらぼくが言っておく。……こんな小さなことで悩んでいるマルスが可哀想になってきた」
「こんな小さなこと……! ……わかった。いいよ」
 一瞬むっとした顔になりながらも、不機嫌面のロイはどうにか了承してくれた。





「身長が気になって一緒に歩けない……?」
 その翌日、少し呆れたようで、困ったようなマルスの言葉に、テーブルに肘をついているリンクは呆れたようにため息を吐いてフォークをくるくる回し、サラダにフォークをぷす。と突き刺した。
 マナーがどうこうとマルスに怒られそうだったが、マルスはどうやらそれどころではなかったらしく怒られなかった。
 乱闘中のロイより一足先に食堂で昼食をとっているマルスの表情を見る限り、結局昨日は何故自分を避けるのか聞くことはなかったようだ。リンクはわざとらしく大きくため息を吐いて、
「そ。背が低いのが目立つから、マルスとは並んで歩けないんだって」
「でも、それなら言ってくれればいいのに。だったら僕も……」
「僕も?」
「か、屈んで歩くくらいは……するのに」
「……それはしなくていいと思うな」
 実際に屈んでロイと歩くマルスを想像して、思わず噴出しそうになりながらもマルスを止める。
 そして噂をすればなんとやらなのか。乱闘中だったはずのロイが戻ってきた。これはいいチャンスだとリンクは思い、肘でマルスを小突いて、
「何かしらフォローしておけばいいんじゃないかな?」
「そうだね……ロイ!」
 マルスが食事の載ったトレーを持ったロイを呼び止める。一瞬少し嫌そうな顔を浮べたが、どうしたんですか。と言いこっちに来てくれた。
 マルスも席を立ち、ロイの肩に手を置いた。身長差が目立つので一瞬抵抗したようだが、何が何だか分からないといった顔でマルスを見ている。マルスはそのまま心配そうな顔で、
「ロイは自分が小さいことを気にしているみたいだけど、僕は全く平気だからね! ロイがもしこのまま背が伸びなくても大丈夫だよ!」
 ……本人にとってはフォローのつもりだろう。しかしロイは非常に痛いところを疲れたのか、肩がわなわな震えている。
 リンクはそれを遠巻きに見ながらため息を吐いて。サラダを口に運ぶ。
「(あーあ……ぼくは知らないからな……)」
 肩をわなわな震えさせているロイの反応が無く、マルスが心配になったのか顔色を覗き込む。しかしその体勢が丁度マルスが身体をかがめるような形になってしまい、ロイの背の低さがより目立つような形になってしまった。
 それにロイも我慢の限界が着たのか、食事の載ったトレーを地面に落とし、

「いつか絶対大きくなってやるんだからなー!」
 ロイの悲しい叫びは寮中に木霊した。
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