「(しまったな……)」
 頭をぼりぼりと掻き毟りつつ、アイクは思った。
 慣れていない土地だから仲間から離れないようにメタナイトから散々注意されていたのに、ふと目を放した隙に仲間とはぐれてしまったようだ。
 迷ったのなら下手に動かない方がいい。というのも、歴戦の経験から十分理解している。待っていた方が懸命だろう。
 とりあえずその辺の木に寄りかかって、アイクは仲間が来るのを待ってみることにした。



 がさ、と近くの茂みから音がした。アイクはその音にすぐに反応し、その周辺に全神経を研ぎ澄ませて、剣の柄に手をかける。
 仲間かもしれないが、敵の方が可能性的には高い。音の正体が仲間だと分かるまで、油断は決してしてはいけない。
「……誰だ」
 音のする方向へと、声をかける。……声が返ってくるとは中々思えないが。
「僕だよ。アイク」
「……!」
 マルスの声がした。暫くして、木々の間からマルスが姿を見せる。
 いつもと同じように、にこにこと微笑んでいるが、アイクは剣の柄から決して手を離さない。
「どうして、柄に手をかけてるの?」
「……メタナイトはどうした」
「メタナイト? ……ああ」
 何か考え込んだようにアイクから目を逸らして、マルスは呟いた。
「メタナイトとは、はぐれちゃったんだ……」
 その言葉に、体中に電撃のようなものが廻った。アイクは剣を抜き、剣先を真っ直ぐマルスの喉に向ける。
「……あんたは誰だ」
 アイクの問いに、突拍子もない。と言わんばかりに困ったようにマルスは笑い、
「誰って……僕だよ。マルスだよ」
「違う。お前はマルスじゃない」
 予想していた答えに対して、きっぱりとアイクは言い張る。
 マルスの困ったような顔が、どんどん悲しそうな顔になっていく。しかし、アイクの心は全く痛まない。
 目の前にいる人は、彼ではないから。
「……どうしてそんな事を聞くの? 酷いよ……」
「誰だかわからんが変装は完璧だ。あんたがぼろを出さなければ俺はまんまとはまっていただろう……だが、お前には一つ致命的な欠点がある」
「……」
「マルスはメタナイトの事を呼び捨てにはしないな。マルスはあいつを尊敬しているから、決して呼び捨てなんかにしない。……あんたは、知らないだろ?」
 勝ち誇ったようにアイクは口元を僅かに歪ませる。
 流石に此処まで言われて、ばつが悪くなったのか。偽者のマルスも剣を抜こうと剣の柄に手をかけた。
 そうはさせまいと、アイクも抜き身の剣を振り下ろし、鞘から抜きかけの剣を力で押さえる。
「……っ」
「……やはり違う。本物のマルスなら、俺が押さえる前に剣を抜いている」
 至って冷静にアイクはぽつりと呟く。そんなアイクとは反対に焦っているのか、偽者のマルスの額には汗が浮かんでいた。
 普段はアイクが追い詰められ、マルスが追い詰める側。いつもなら立場が全くの正反対だというのに、今回はそうとも行かないようだ。何せ、目の前のマルスはマルスではないのだから。
 偽者のマルスが自分の剣を押さえるアイクの剣を無理矢理振り切って、アイクの喉を掻き切ろうとする。
 しかしアイクはそれを再び剣で押さえ、圧倒的な力の差で剣を弾いた。
 弾かれた剣は偽者のマルスの手から離れ、数メートル先の地面に深く突き刺さる。アイクはすかさず剣を偽者のマルスの首にあて、
「俺の勝ちだ。……俺を欺くには少々詰めが甘かったみたいだな」
「……アイク」
 偽者のマルスが口をぱくぱくと動かし必死に何かを訴えている。偽者の口から自分の名前など呼ばれたくもないが、耳を貸すぐらいなら構わないだろうか。
「助けて……アイク……」
 この期に及んで命乞いなど、アイクが聞き入れるはずもないことなど分かっているだろう。
 当の本人は、涙目で必死に訴えてくる。しかしアイクは一切動じない。
「ますますマルスらしくなくなったな」
「……?」
「マルスは俺に命乞いなどしない。最後の最後まで俺に抗う。……やはり、詰めが甘かったようだな」
 偽者のマルスの表情が凍りつく。アイクは全く気にも留めずに剣を高く上げて、
「じゃあな……偽者」





「アイク!」
 彼がいなくなって1時間ほど経って、彼が茂みの奥から出てきた。
「……大丈夫?」
 メタナイトと共に慌てて彼に駆け寄り、彼の顔色を伺う。怪我などはないだろうか。敵に襲われたりなどはなかったのだろうか。
「平気だ。心配かけてすまない」
「……もうはぐれるなよ」
「ああ……気をつける」
 メタナイトに注意され、若干申し訳なさそうに呟いた彼が、ずっと自分を見つめていることに気が付いた。
「どうしたの……?」
「あ、いや……何でもない。ただ……」
「ただ?」



「お前は強いなって、思っていただけだ」
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