朝食の野菜スープを口に運ぼうとして、マルスが軽く咳き込んだ。
 スプーンにすくったスープがこぼれ、ぴちゃ。という音を立ててマルスのトレーを汚す。
「風邪か」
 あわてて布巾でこぼれたスープを拭き取ろうとするマルスを見て、アイクはフォークを動かす手を止めてそう聞くと、マルスは苦笑いを浮かべて、
「うん。ここ最近は寒いから。……駄目だね。僕は。体調管理は大事なのに」
 ここが戦場だったら、僕は負けていたね。と悲しそうにマルスは呟いて、布巾を持つ手を強く握る。
 そういえば朝起きた時、マルスの顔色は若干悪かった。どうして気付いてやれなかったのかと、アイクは後悔の念に陥る。
 今だってそうだ。食欲があまり無いのか、元々少ない食事量が更に少なくなっていて、朝食は小さな皿に盛ったサラダとスープだけだ。
「……大丈夫なのか」
「大丈夫だよ。今日は予定も……」
 そこまで言いかけたところで、またマルスが咳き込んだ。今度は前よりも激しく咳き込んでいる。
 アイクの目にはどう見たって、大丈夫そうには見えない。そうやって大丈夫大丈夫と言い張って、こじらせたりでもすれば一体如何するつもりなのだ。
 マルスの右腕を掴んで、アイクはマルスをじっと見つめる。
「大丈夫じゃないだろう。直るまで寝ていろ」
「そんな、大した事ないよ」
 だから、その手を離して?とマルスが困ったように笑いながら言う。それでもアイクは更に、
「少なくとも俺の目にはそうは見えない。それに今無理をして悪化でもしてみろ。それを考えたら今は休むべきだろうが」
「でも……」
「でもじゃない。お前はもし風邪をこじらせても、苦しいのは自分だけだから大丈夫だと思っているかもしれない。だが、ネス達に風邪がうつったらどうするつもりだ?」
 その言葉に、やっとマルスは堪忍したのか、俯いて小さく溜め息をついた後、
「君には敵わないね。……わかった。治るまで寝ているよ」
「……ならいい。食欲はあるのか?」
 そっと掴んでいた右腕を離すと、マルスは小さく首を横に振る。そうか。と呟くと、マルスはまたスプーンを持ってスープを口に運ぶ。しかし思うようにスプーンは進まず、スープは一向に減らない。
 そういえば、こういう時にすれば自分の元気を他人に分けることが出来るのだと、カービィに(メタナイトの通訳付で)教えてもらったことがある。それをやれば、マルスの風邪も早く治るだろうか。
「(……やってみるか)」
 そう思い。アイクは野菜サラダと小さく切られたベーコンを口に運び、口の中でよく噛み砕く。
「マルス」
「何? ……んっ」
 マルスが何か言いかけたその口を自分の口で塞いで、舌を割り込ませて、先程噛み砕いた野菜とベーコンをマルスの口に流し込む。
 唇をそっと開放してあげると、唖然としたマルスの表情がどんどん真っ赤になっていく。しかし顔が真っ赤になっていくその過程で、マルスの肩がわなわなと震えだした。
「この……無礼者っ!」
 どうして赤くなるのか、そしてどうして肩がわなわなと震えていたのかわからずにぽかんとしていたら。マルスに思い切り子気味よい音を立てて頬を叩かれた。叩かれた部分がひりひりする。
 それに先程のマルスの怒鳴り声とアイクの頬を思い切り叩く音で、食堂にいた全員の視線が自分たちのほうへと集まってくる。
「何だ……? いきなり」
「な……何だじゃないよ、いきなりあんなことされて! 何なのか聞きたいのは僕のほうだよ!」
「……ならどうして殴る。痛いだろう」
「どうしてじゃないだろう! 君があんなことするからじゃないか!」
 マルスの言うあんなこと。とは多分先程の口移しのことだろうか。だが、自分はこれをやればマルスが元気になると思ってやったのに、何故叩かれるのかわからない。
 マルスは顔を真っ赤にし、恥ずかしさのあまり震えていたが、いきなり机をばん。と強く叩いた。
 スプーンががちゃん。と音を立て、皿に盛られていたスープがまた少しこぼれる。
「アイクの馬鹿! 僕、もう部屋に戻る!」
 そう怒鳴って、マルスは早足でさっさと食堂を出て行ってしまった。頬の痛みが引かないまま食堂に一人残ったアイクに、その場に居た人全員の視線が注がれる。
「アイク、さっきのは一体……?」
 唖然としていたアイクに、メタナイトが話しかけてきた。その隣にはカービィも居る。
「カービィが、こうすれば元気を分けることが出来るといっていたから、やってみただけだ」
「……いや、あれはこういう所でするものではないのだが。……特にあの王子相手では尚更だ」
「そうなのか」
「少し間違った知識を教えてしまったようだな。教えたのはカービィだが、私にも非はある。すまない」
 そういって、メタナイトが頭を下げているつもりなのだろう。少し体が下に傾いた。
 カービィもそれと一緒にぺぽー。と言ってメタナイトと同じように体を下に傾けさせる。
「いや、いい。別に平気だ」
 そう言ってアイクはマルスに叩かれた左の頬をさする。

「多分、人前で無ければいいんだな」
「いや……そういう意味ではないと思うのだが」
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