「……その箱は何?」
 剣の鍛錬を終えて戻ってきたアイクが、小脇に抱えていた箱をテーブルの上に置いたのを見て、そう訪ねてみればアイクは、剣を壁に立てかけながらその小箱を軽く一瞥して、
「これのことか? わからん」
「わからないって……どうしたのさ、それ」
「ピットにクリスマスがどうのこうの言われて、余ったからって押しつけられた」
「ピットに? クリスマスのグッズかな」
「そうじゃないのか。開けてみろ」
 テーブルの上の小箱を手に取る。ところどころに折り目のついた紙の箱なので、何度も使われていた形跡がある。僅かに埃が残っていたので、どこかにしまっていて埃を被っていたのを、ピットが無理矢理引っ張りだしてきたのだろうか。
 いずれにせよ開けてみないことには中身が何なのかわからないので、小箱を開けてみる。
「中身は何だったんだ?」
 着替えたアイクが、箱の中をのぞき込んできた。
「これは……ツリーだね」
「ツリーって、あれか? 談話室に飾ってある」
「そう。それよりもずっと小さいものだけどね」
 箱の中から、手のひらに乗るくらいの大きさしかないツリーを取り出す。自分たちで何日もかけて飾り付けをしなければならない談話室のツリーとは違い、既に小さな飾りが固定されているものだ。アイクが実に興味深そうにツリーを見つめている。
「星は」
「え?」
「一番上に飾る星がないぞ」
 確かにツリーの一番上に必ず飾るらしい金色の星がない。箱の中に落ちていないか見てみるが、星はなかった。
「……ないね。小さいから、飾らなくてもいいものなのかもしれない」
 今は十二月の下旬。マスターハンドの世界にあったという、クリスマスという行事が近い。
 その起源や、実際にはどんなことをするのかというのは教えてもらっていないので僕にはよくわからないが、ここでは毎回そのクリスマスの日にパーティーをするのが決まりとなっている。決まりというよりは、そうしないと拗ねたクレイジーハンドが大暴れしてしまうのでやっている、という部分もあるようだが。
 その日だけは屋敷の中を飾れるだけ飾り、沢山のおいしい料理を用意して、遅くまでお祭り騒ぎをするのだ。
 もちろんクリスマスを楽しみにしない者などいない。僕も去年のきらびやかな飾りや豪華な料理を思い出すと、胸がふわふわと浮くような気持ちになる。
「談話室のツリーには劣るが、綺麗だな」
「あれと比べるのは酷だろう? ああ……これは、多分」 「どうかしたのか」
「……アイク。カーテンを閉じて、明かりを消してきてくれないかな」
「? 別に構わないが」
 カーテンを閉じ、明かりを消すためにくるりときびすを返したアイクの背中に、ありがとうと声をかけ、僕はツリーの根元部分に手をやる。
「消したぞ」
 部屋の明かりが消え、視界が暗くなった。まだ昼間なのでカーテンの遮光は完璧ではないし、隙間から光が射し込んでいるので、何も見えなくなったわけではないが、アイクの顔が僅かに見え辛くなるくらいにはほの暗いといったところだろう。
「ありがとう。……っと、ここかな」
 ぱちん、と音を立てて、ツリーの根本にあるスイッチを押した。するとツリーに小さな光がぽつぽつと宿り、ほの暗い部屋を照らした。
「前のクリスマスに同じものを見たことがあったんだよ。さっきよりも綺麗だろう?」
「明かりはずっと付けっぱなしか?」
「流石にそれは無理かな……数十時間しかもたないらしいから、今度明かりを付けるのはイブの夜になりそうだ」
 手のひらの上で輝くツリーを、テーブルの上に置く。マルスが頬杖をついてじっくりツリーを眺めていると、アイクが向かいの椅子に座って、同じようにツリーを眺める。
「イブまで後何日だ?」
「一週間と少し、かな。楽しみだね」
 くすり、とマルスが笑えば、アイクも少しだけ唇の端を上げて、
「ああ。いい日になるだろうな」





「お前も押し付けられたのか」
 自室に戻った僕の姿を見るなり、剣の手入れをしていたアイクがそう声をかけてくる。
「……見ての通りだよ。廊下でピットに会ったんだ」
 僕の手には、廊下でピットに押し付けられた大きな紙袋がある。
 中身は見なくてもわかる。大量のクリスマスグッズだろう。ここ最近のピットはすっかり、自分の世界では存在しなかったクリスマスという行事に浮かれていて、クリスマスグッズが無いか倉庫を漁り、廊下で会った人に倉庫で見つけたクリスマスグッズを押し付けて回っているという話だ。
 既に数日前アイクがピットに、今テーブルの上に飾ってある、小さなクリスマスツリーを押し付けられていたので、次に僕が何か押し付けられてもやんわりと断るつもりだったのだが、有無を言わさず大きな紙袋を押し付けられ、このざまだ。
「あいつ、どこからこれだけのものを引っ張り出してくるんだろうな」
「見ている分にはとても微笑ましいから、いいと思うけれど……流石にこれはちょっと、ね」
 大きな紙袋をテーブルの上に置いて、腰の剣をベルトからはずし、マントを脱ぐ。その間にアイクが剣の手入れを終えて、マルスの代わりに紙袋を開ける。
「何が入ってたんだ?」
 着替えながら袋の中を覗き込むと、まず赤い大きな布が目に入った。アイクがその赤い布を取り出して、目の前で広げる。赤い布の正体は、ピカチュウやカービィならこの中に入れるのではないかと思うほど、とても大きな赤い靴下だった。
「でかいな。何に使うんだ?」
「クリスマスにいい子にしていると、サンタクロースというおじいさんがプレゼントをくれるって話は、アイクも聞いただろう? 靴下を枕元に下げているとその中にプレゼントを入れてくれるらしいから、これはそれ用の靴下じゃないかな」
 思い返せば数日前にピットの部屋に入れて貰った時、ピットのベッドの近くにこれと全く同じ靴下が飾られていた。
 僕達とピットは言うほど年は離れていないけれど、ピットはまだ靴下を下げプレゼントを心待ちにしても許される頃だろう。しかし僕達にこれを下げろというのは少し無理があるのではないのだろうか。それとも、ピットにしてみればグッズを渡せるのなら誰でもいいのだろうか。
「そういうものなのか。で、これを下げるのか?」
「まぁ、そういうものだろうけど……僕達じゃ下げてもプレゼントは貰えないだろう?」
「でも貰ったんだ。貰ったからにはお前のベッドにでも下げておけばいいんじゃないか?」
「クリスマスの朝になっても靴下に何も入っていないのは寂しいと思うけどなぁ。それにそういう年でもないんだけど……まぁいいや、そうするよ。他には何が入ってた?」
 アイクが袋の中に手を入れる。小さなクリスマスリースやサンタのスノードームなどが袋の中からどんどん出てくる。最後にアイクが紙袋をひっくり返すと、ぱさりとかわいた音を立てて更に小さな紙袋がテーブルの上に落ちる。
「これは……飴玉だね」
 マルスがそれを手にとって開けると、透明な包み紙にくるまれた飴玉が袋一杯に入っていた。
 袋の中にアイクが手を突っ込んで、飴玉をひとつつまんで取り出す。飴玉が赤と緑という色をしていたので、あまり僕の目にはあまりおいしそうには見えないけど、アイクが飴玉の包み紙をはがし、口に放り込んだ。
「甘ったるくておいしくないぞ、これ」
 案の定アイクが飴玉の甘さに顔をしかめていた。僕はくすくす苦笑いを浮かべて、
「それは多分、食べるためじゃなくて飾って楽しむための飴玉じゃないかな?」
「……それなら早く言ってくれ。まずい」
「ははは……そんなに甘いんだ。少し気になるな」
「ああ、甘い。食うか?」
 その言葉が僕の耳に届いたと同時に、唇に何かが触れる。すぐにその何かがアイクの唇だということに気付いたが、僕が抵抗するよりも早く舌で唇をこじ開けられ、口の中に舌と一緒に甘ったるい唾液と、何かが入り込む。きっとさっきの飴玉だ。
 飴玉を口の中に捻じ込まれるとすぐに唇を離されたので、あくまでもアイクの目的はキスをすることではなく、飴玉を口移しすることだと理解できたが、それでも僕は湧き上がる羞恥の念を抑えられず、めいいっぱいの力でアイクを突き飛ばしてしまう。
「なっ……何をするんだよ!」
「お前が気になるって言ったから。甘ったるいだろ? この飴」
 あまりにも涼しい顔でアイクがそう口にするものだから、言われたとおり舌の上で飴を転がしてみる。確かにやたら甘ったるいだけで他には何の味もしないので、あまりおいしくはない。
「そりゃ甘いけど……でも、口移ししろだなんて言っていないだろう!」
 赤くなった顔を見せたくないので、ぷいとそっぽを向く。さっき自分に突き飛ばされたばかりのアイクが、もう一度僕に近付こうとしたが、両手で無理矢理アイクの体を押し返した。
「? 耳が真っ赤だな、お前」
「君のせいだろう……もう」








「……マルス?」
 気がついたとき、部屋の中にあいつの姿が見えなかった。
 ぐるりと部屋の中を見回して、ベッドの隅にあいつの上着がかけられていることに気付く。
 今は夜だ。こんな寒い中、あいつが上着なしで外に出たとは思えない。だがあいにく、部屋の中にはどこにもあいつの姿は見えなかった。
 もう一度ぐるりと部屋の中を見回すと、今度は閉めたはずのカーテンが開いていたことに気がつく。開いていたカーテンを閉めようと窓の前に立ってやっと、ベランダに立つマルスを見つけた。
 マルスはベランダに立って、どこか遠くを見つめていた。何か物思いにふけっているのだろうか。
 窓ガラス越しにじっと見つめていると、マルスがポケットから何かを取り出す。何を取り出したのかまではここからだとわからなかったが、その取り出した何かが、僅かな光を反射して金色に輝いていたのを、俺は見逃さなかった。
 窓を開けてベランダに出る。明日はクリスマスイブという日なだけあって、12月の夜はかなり冷える。
「そんなところに居たのか。寒くないのか?」
 後ろから声をかけてやると、俺にしてみればそっと声をかけたつもりなのに、マルスがびくんと肩を震わせ酷く驚いていた。そんなマルスの手のひらの上で、相変わらず何かがきらりと金色に輝いている。
「なんだそれは?」
 そう尋ねて、マルスの手のひらの上にあるものがなんなのか覗き込もうとすると、マルスは慌てて手を引っ込めてしまう。俺には見られたくなかったものなのだろうか。かくんと首をかしげると、慌ててマルスが何か弁解をしようと、。
「えっと……これは、その……」
 そう呟きながら手のひらの中にあるものを見つめ、そのままマルスが黙りこくってしまった。
「これは、ベルか?」
「……!」
 今度こそとマルスの手のひらを覗き込むと、手垢で少し汚れている、小さな金色のベルが見えた。鳴らしてその音色を楽しむためのものではなく、ちょうどクリスマスツリーに飾るためのベルに見える。
 しかし、どうしてこいつがこんなものを大事そうに持っているのか、いまいち俺にはわからなかった。俺達の世界には、クリスマスの風習などなかったはずなのに。
「何であんたがこんなものを」
 疑問に思ったのでマルスに尋ねれば、どこか悲しそうな表情から一転して、その碧眼できつく俺を睨んで、
「こんなものだなんて! これは、僕にとってとても大切な……」
 そう怒鳴ってきたのだが、何故か途中でマルスは怒鳴るのを止めてしまい、何か言いたくても言えないのか、口をもごもごさせていた。
 つり上がっていたはずの眉もいつのまにか下がってしまっている。――どうやらこのベルはこいつにとってはとても大切なもので、かつそれに纏わる思い出は、よっぽど俺には言いたくないものらしい。
 そうなるとどうも気になってしまうのだが、下手に首を突っ込まないほうがいいのだろう。
 そしてさっき俺が失言をしてしまったことに変わりはないので、頭を下げてマルスに謝ると、マルスは気にしなくていいと言い、窓の近くに立ちっぱなしだった俺に背を向けベランダからの風景を見つめる。俺もマルスの隣に立って、手すりに体重を預けた。
「鳴らさないのか」
「え?」
「それのことだ。鳴らさないと意味がないだろう」
 マルスの手のひらからベルを取って、目の前に持ってこさせる。そのままベルを軽く横に振ると、ちりちりとかわいらしい音が辺りに響いた。
 横目にマルスを見る。マルスはそっと目を伏せて、ベルの音に耳を澄ましているようだった。
「届くかな、彼に」
「彼?」
「あ、ごめん。なんでもないんだ……」
 マルスの言う「彼」とは、マルスがこれをとても大切にしていることに関係している人物なのだろうか。
「ベルの音は届かなくても、お前の言葉はそいつに届くだろう」
「僕の、言葉」
「ベルは鳴らさないと意味がないように、言葉だって口にしたり、文章におこさないと意味がない。……違うか?」
 俺としては当たり前のなんでもないことを言ったつもりなのに、マルスは俺の言葉に対してぽかんを口をあけ、驚いていた。
 そのまま暫くマルスは口をあけていたまま驚いていたが、顔を伏せてしまった。
 顔を伏せている以上、これではマルスが今どんな表情をしているのかわからないので、顔を覗き込んで表情を伺おうとしたところ俺の肩にする、と手が回り、何故かマルスに抱きつかれた。
 どうして抱きつかれているのかわからない俺の耳元で、マルスの声が響く。
「ありがとう。……わかっているんだ。わかっているんだけど、たまにどうしても弱気になってしまう」
「あんたがたまに弱いところを見せたって、俺は怒ったり、困ったりなんかしない」
 耳元でくす、とマルスの笑い声が聞こえる。
「それもわかっているさ……いつか僕達と彼の三人で一緒に居られる日が、来たらいいね」








「ここに居たんだね」
 白い息を吐き、ざくざくと音を立てて霜を踏みながら、離れの訓練室でさっきまで剣の鍛錬をしていて、中庭に出たばかりだった俺のほうへと向かってくる。
「寒いだろう? こんなところにずっと居ると風邪を引いてしまうよ。それに、昨日僕に寒くないのか聞いたのはアイクじゃないか」
「今行こうとしていたところだ。お前は俺を呼びに来たのか?」
「そうだよ、そろそろ時間だからね。……早く戻ろうか。風邪を引いてしまったアイクを看病するのなんて、僕はごめんだしね」
 屋敷に戻ろうと足を前に出したとき、腰の辺りに違和感を覚えた。数時間ほど前だったか、ピットから渡されていたものを、俺はそのままポケットに突っ込んでいたことを思い出す。
 俺はポケットに手を居れて、くるりと振り返り、
「……ああ、そうだマルス。手を出せ」
「ん? こう?」
 マルスが両の手のひらを前に出す。俺はその手の上に、ポケットから取り出した金色の星を置いてやる。星は、僅かな光を反射してきらりと輝いている。
「さっきピットから渡された。あのツリーの星らしい。後で飾っておけ」
「ツリーの、星」
 自分の手のひらの上に置かれた星を、マルスは興味深そうに見つめたまま、マルスは黙りこくってしまった。それだけなら別にいいのだが、反応がなく、マルスはただじっと手のひらの上の星を見つめているだけだった。そのまま何か物思いにふけっているようにも見えなくもない。
 その表情を伺うべく俺がその顔を覗き込めば、マルスもじっと見られていたことに気がついたのか、マルスは片手を自分の顔の前でぶんぶんと振って、
「あ……そうか、初めからないものだと思っていたんだけど、ちゃんとあったんだね」
「渡すのを忘れていたらしいぞ」
「そっか、見つかってよかった。その、これ……」
 マルスが何か言い出しづらいのか、俯き視線を落としてもじもじとしている。どうかしたのかと俺が聞けば、顔を上げ、
「あのさ……僕がこれを、こっそり貰ってもわからないかな」
「貰っても? どうするつもりなんだ」
「二人で口裏を合わせて、ここで僕がこの星を失くしていたことにしておくんだ。勿論本当は失くしてなんかいないんだけど、そうしておけば僕がこの星を貰える」
「つまり、俺に共犯になってくれってことか?」
「まぁ悪い言い方をしてしまえば、そういうことになる、かな」
 その言葉を聞く限りだとむしろ貰うというよりは、どちらかというとちょろまかすとか、盗むといった言葉が似合うのではないのだろうか。ただ、そういう言葉は一国の王子と言う身分であるこいつにはあまり似合わないかもしれないが。
 それにしても、こいつがそんなことを切り出してくるとは思えなかった。こいつは身分が身分なこともあってか、とにかく礼儀正しい性格だし、正義感だって強い。そんな奴が、クリスマスの飾りをひとつちょろまかしたいから俺に口裏を合わせておいてくれ、なんて言ってくるとは。
「……意外とお前もあくどいことをするんだな」
「別にいいだろう? とっておきたいんだ……あのベルと一緒に」
 あのベル――昨日の夜、ベランダに居たマルスが大事そうに持っていたものだ。
 見た感じではあれは、こいつにとってそれなりに思い出深い品のようだが、あのベルに纏わる思い出は俺に話したくはないらしいので、詳しい話は聞いていないのでわからない。気になるといえば確かに気になるのだが、本人が話したくないことに首を突っ込むつもりはないので、今もあえて聞こうとはしなかった。
「いいんじゃないのか? ツリーの星のひとつやふたつ、くすねたとしても誰も気にかけやしないだろうしな」
「ありがとう。じゃあ、頼むよ。……これは君との思い出の品として、大切にするから」
 そう言って、手のひらの上の星を、両手でそっと包み込むようにぎゅっと握る。
 マルスはそのまま星を持つ両手を胸の前に持ってこさせて、神に祈るときのようなポーズをした。マルスはさっきのように物思いにふけっていたのか、それとも祈りでもささげていたのだろうか、暫くの間黙りこくっていたのだが、顔を上げ夜空を見、ぽつりと呟いた。
「……今夜は、星は見えないね」
 それは本当だろうかと、俺も確かめるべく空を仰げば、確かに今夜の空は厚い雲に覆われていて、星は一つも見えず、月も厚い雲に覆われているせいか、あまり綺麗に見えない。
「ああ、そうだな」
 今度は視線を落としマルスは、自分の手のひらの上にある星を見て、
「でも、ここにひとつある」







「戻すものはこれで全部なんだな?」
「多分、それで全部のはずだよ」
 マルスにそう言われはしたが、何か忘れていると後々戻しに行くのが億劫なので、もう一度戻さないといけないものが全部入っているか、確認のために、紙袋の中を漁る。紙袋の中には赤い靴下に小さなリース、結局ひとつしか食べなかった飴やスノードーム、そしてあのクリスマスツリーが入った小箱があった。忘れ物は何もない、これで全部だ。
 クリスマスが終わってから、もう数日経った。屋敷の中に飾り付けられていたものはほとんど片付けられていて、談話室のあの大きなクリスマスツリーも明日辺りに片付けてしまうらしい。あれだけお祭り騒ぎをしたのに、たった数日で全て片付けられてしまうのもなんだか寂しいものがあるが、それは季節行事の定めと言うものだろう。
 その為、それぞれが倉庫から持ち出して、自分の部屋に置いていたクリスマスグッズも倉庫に戻さなければならない。別にマスターハンドに戻すよう言われたとか、そういうわけではないので、勿論ずっと自分の部屋に置いておくことも出来る。だが、流石に一年中クリスマスのグッズを置いておく気にはなれない。
「あの星はどうした?」
「ちゃんと持ってるよ。ここにある」
 そう言って、マルスがテーブルの上に置いてあった小さな星を、指先で転がす。すると金色の星が電灯の明かりを反射し、俺の言葉に答えるかのようにきらりと輝いた。
 その星の隣には、同じく金色の小さなベルが置いてあって、そのベルにはあいつにとってどんな思い出が込められているのか俺にはわからないのに、その光景を見ているとなんだか安心出来た。やっぱり本気でその星をちょろまかすつもりなのか、と思ったのは別として、だ。
「あ、そうだアイク」
 マルスが椅子から立ち、棚の引き出しの中から一枚の手紙を取り出す。俺のような平民にはあまり縁がなさそうな、封ろうや封筒、便箋にまで王族の紋章が入った手紙だ。
「これを、マスターハンドに渡してくれないかな」
「別にいいが……誰宛の手紙だ?」
 手紙を受けとる。平民の俺でも、触っただけで質と値段の高さがわかるほど高級な紙だ。
「ありがとう。手紙を出すことはもう伝えているから、渡してくれるだけでいいんだ」
「お前の国に送るのか?」
「それは違うけど……誰に送るかは、秘密にさせておいてくれ」
 そっと、マルスが唇の前に指を置く。
 受け取った手紙の宛名を読むぐらいなら別に構わないだろうかと、宛名を探すが、封筒にはマルスの名前以外には何も書かれていなかった。先ほど言っていたとおり、誰に渡すかは既に言ってあるから、宛名を書く必要はないのだろう。
 俺は踵を返し、手紙を持つ手をひらひらと振って、
「わかった。渡しておく」

「頼んだよ。……そうするように言ったのは、君なんだから」
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。