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「恋人らしいことって、何なんだろうな」
 恋人、という実にアイクらしくない単語が、そのアイクの口から飛び出して、ちょっとだけ驚いて振り返り、ベッドのふちに腰掛けている僕の、その隣に腰掛けているアイクの横顔を見る。
「え?」
「いや、たとえば今みたいにあんたと一緒にいるとき、どうすればいいのか。何をすれば、何を言えば恋人らしいことって言うのか、俺にはよくわからないだけなんだ」
 そう言われてみて、僕も考えてみる。確かにアイク言いたいことはよくわかる。その恋人に言うようなことではないのでは、とは一瞬思ったが。
 小説なんかで恋仲の男女の付き合いはよく読んでいたのだが、男女と男性同士の違いはあるが、自分達が同じ状況になったとき、どうすればいいのかはいまいちよくわからない。
 いや正確にはそれなりにわかることはわかる上、どういうことをすればいいのか、大体の目星はつく。でもその思い浮かんでいることは自分には似合わないと思っていて、その思い浮かんでいることをするのは少し気が引けてしまう。
 たとえばもしもアイクと僕が一緒に並んで散歩をしていたら、そういう時に恋人らしいことの筆頭といえばまず手をつなぐことだが、自分のように剣を持って戦場を生き抜いてきたような人間が恋人と手をつなぐというのが、酷く似合わないことに思えてしまって、とてもじゃないがする気にはなれない。
 そして、今同じベッドに二人とも座っている場合はどうすればいいか。多分こういう時なら、どちらかがどちらかの肩を抱くとか、向かい合って抱きしめあうとか、大体そういうことをするものではないのだろうか。一般論で考えるなら、だいたいそんなところだろう。
「(って、何を考えているんだ、僕は……)」
 こんなに真面目に考えているのが急に馬鹿馬鹿しくなって、頭を抱えて溜め息を吐く。アイクも僕も真面目に考えなくたってこのくらいわかるはずなのに。
 その上、そういうことをばいいと言っても、どうやってそれを切り出せばいいのか。勿論面と向かってそうしてくれなど恥ずかしくて僕には言えるはずもない。結局、こうして何もできずに黙りこくることしかできないのだ。いや、別にそうしてほしいわけじゃないけれど。
「何をしてるんだ?」
「いや、なんでもないよ」
「そうか。あんたはどう思う? 恋人らしいことがどういうことか」
「それは……多分今みたいな状況なら肩を抱いたり、向かい合って抱きしめたり……そんなところじゃないかな?」
「そういうものだよな。やっぱり、あんたもそうか?」
「あ、でもその、僕が別にそうしてほしいっていうわけじゃないから、ね?」
 そう、先程思ったことをそのままアイクに口にしたが、あわててフォローを入れる。しかしアイクは何かを考え込んでいて反応はない。何を考えているのだろう。
「マルス」
「ん?」
 何かと思ってアイクのほうを向けば、視界いっぱいにアイクの顔が映る。
 同時に唇が重なるその感触に、頭の中が真っ白になった。僕がアイクにキスされていると気付いたのはそれから三秒位経って、唇を離されてからだった。
 目の前を見れば、アイクがどうだと言わんばかりの顔をしている。自分の思考が上手く追いついてくれないので口を半開きにしたままアイクのそんな顔をじっと見つめていると、アイクが今度は不思議そうに首をかしげる。
 やっと思考が追いついてくれて、上手く働いてくれない脳からなんとか言葉を捻り出す。
「どういう、こと?」
「俺があんたに、キスをした」

「俺が恋人らしいと思うことを、あんたにした」

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