「マルスがここに来たとき、嬉しかった」
 夜中にこっそり二人で寮を抜け出し、広い草原に二人で横たわっている時、リンクがいつにもまして彼らしくない声色でそっと、呟いた。
 風の音も、遠くで生い茂る木々が立てるかさかさという音も全て聞き取れるこの空間で彼の声はいやにはっきりと、マルスの耳に届く。
「覚えてる? マルスが来た時のこと」
「……忘れるわけが無いよ」
 こんなに変わった人たちが居る場所なんて、そう簡単に来られる場所じゃないよ。と笑いながら言うと、リンクもそうだね。と相槌の言葉を打つ。
「ぼくがここに来た時ダーク以外の剣士は居なかったから、マルスが来た時はうれしかったよ。同じ剣士で、同じ年頃……一国の王子だって聞いた時は、驚いたけどさ」
「僕は……リンクの長い耳に少し驚きはしたけど、うれしかったな。同じような剣士が居て」
「その数日後に、ロイが来たよね」
「……うん」
 そこまで言ったところで、マルスも、そしてリンクもそれぞれのロイとの思い出を噛み締め、黙りこくってしまった。
 ロイが来た時、カービィやヨッシーにただただ驚くばかりだったロイを見て、数日前までは自分も全く同じだったというのに、おかしくて笑ってしまったのが思い出されて、思わず流れそうになってしまった涙を必死に抑えた。
 それと全く同じタイミングで、鼻をすする音が聞こえた。――リンクだ。
「……?」
 寝そべって空を見ていた頭をころんと、リンクのほうへ向ける。リンクの顔は、目と鼻が少し赤かった。いや、辺りは暗かったので、本当はマルスが思っていた以上に、リンクの目と鼻は赤かったのかもしれない。
 どうかした。と聞くと、リンクは頭を横に向けたまま、ううん。と呟いて、
「……なんでもないよ」
 なんでもないはずが無かった。今にも泣きそうなリンクの顔を見て、なんでもないのだと判断できるほうが寧ろおかしいくらいだった。
 そんなマルスをよそに、リンクは続けて、
「二人に、なっちゃったね」
 そうだ。元々自分達は三人だった。マルスとリンク、そして、ロイ。皆には「三剣士」とひとくくりにされてそう呼ばれていたりもした。
 たった数日前まで自分達は確かにそうだったはずなのに、今は酷く懐かしく感じられた。
 しかしそれももう終わった。ロイが居なくなったから、自分たちをまとめていたものは音を立てて崩れ落ちた。今は自分と、リンクの二人だけ。
「……また、会えるかな」
 微かに震えた声色でリンクが呟く。
「会えるよ。二人でずっと、ここで待っていよう」
「二人で、かぁ」
 何かを考えるように、リンクは自分とは反対方向に体を向け、また黙りこくってしまった。鼻をすする音がまたマルスの耳に届くまで、そう時間はかからなかった。
「……リンク?」
 草原に寝そべっていたままだった体を起こして、リンクに近寄る。リンクはその顔をマルスに見せてはくれない。  リンクの体を揺すると、いきなりリンクは体を起こしてマルスの腕を掴み、気が付いた時にはリンクがマルスの上に馬乗りになるような形になっていた。
 マルスの目に映ったリンクの顔は、既に涙でぐしゃぐしゃになっていた。リンクの涙が数滴、ぽたぽたとマルスの頬に流れ落ちた。
「ごめん。ごめん……マルス」
「何かあったの?」
 そう聞くと、リンクはふるふると首を横に振った。
「じゃあ……どうしたの?」
「ごめん……ぼくは……きみを……」
 嗚咽交じりではあるがどうにか聞き取ることの出来る声で、リンクはそこまで言った後、リンクは口を硬く閉じてしまった。
 何か、自分には言いたくないことではあるが、隠していることがあるのだろう。――それこそ、泣き出すくらいに辛いことが。
 マルスはくすりと笑って、リンクによって抑えられていない方の手をそっと、リンクの頬に伸ばす。
 優しくリンクの頬を撫ぜて、マルスは微笑み、
「どうして、泣いているの……?」
「マルス……ごめん」
「大丈夫だよ……あの時、君は僕に約束してくれたよね。どこにもいかないって……だから、今度は僕が約束するよ。僕はどこにもいかない」
 リンクの涙がまた一つ、自分の頬に落ちた。マルスは続けて、
「……また、会えるよね」
 マルスの言葉に、リンクの目から更に大量の涙が溢れ出て来た。体中の全ての水分を出し切ってしまいそうなほどの涙が、マルスに降り注ぐ。
 もしも降り注ぐこの涙が流れる理由を知ることが出来たなら、どれだけよかったことだろう。そうだとしたなら、ここまで心を苦しめる必要も無い。優しく笑って、大丈夫だよと言うことも出来たはずだ。
 しかしそれが出来ない。いや、そもそも今無理をしてまで、彼から涙を流す聞き出す必要なんて何処にも無いのだ。
 時間は沢山ある。それに二人ともどこにも行かないと約束したのだ。ゆっくり、ゆっくりと、リンクがこの涙を流す理由を話してくれるまで待っていればいい。いつかきっと、リンクが笑顔で話してくれる日がくるはず。
 マルスはそっと、リンクの肩に腕を回して、リンクの体を抱き寄せる。そして耳元でそっと。

「僕はどこにもいかない……ここで待っている」
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