「マルスって、ちょうどこんな、チェスみたいに沢山の人と戦っていたんだよね……?」
 黒のルークを動かして、白のポーンを取りながらふと、リンクが呟いた。
 マルスに「チェス」というゲームを教えてもらってからほとんど毎日、こうしてお互いに暇な時を見てはチェスの相手をしてもらっている。
 運の要素はあまり関係なく、必要なのは頭脳だけというゲームで、少し難しいが、慣れればそれはそれで面白い。何処に如何動かせば相手のキングを取れるか。その時相手はどんな駒を動かし、どんな行動を取るか。自分のキングを守り通すにはどうすれば良いか。そう考えて駒を動かしていくのは楽しい。
 そんな中で、ふと、マルスは出身世界……確か、アカネイアという大陸だったか。そこで丁度このチェスのように、沢山の仲間を引き連れて戦ったと聞いて、こんなことを聞いてみたくなった。
「そうだよ。……色んな境遇の色んな人が、奪われた僕の祖国アリティアを救う為に戦ってくれた。嬉しかったよ。かつては敵だった人が僕の為に何人も味方してくれて……」
 どこか懐かしそうな微笑を浮かべて、マルスは白のポーンを動かす。自分のビショップが取られてしまった。先程ルークを動かしてしまったのが原因か、攻めではなく守りに入っていればよかったかもしれない。
「そういうのって……羨ましいな」
「……そっか。リンクは一人で旅をしていたからね」
「ずっと一人だったからね。……別に寂しかったわけじゃないんだけど……ただ、やっぱりそういうのには憧れるな」
 そう言って、黒のナイトを動かす。すると、マルスはにやり。と笑い、白のクイーンを動かして、
「チェックメイト」
「……あ!」
 まさかいつの間にか詰めの状態に入っていたとは、気付かなかった。これでマルスとの勝敗は2勝13敗。しかも今は8連敗中だ。……いや、今まで2回勝てたのも奇跡のような確立なのかもしれない。
「ここはね、ここでこのポーンを動かすんだよ。そうするとポーンはクイーンに取られちゃうけれど、キングは守れる。ね?」
「その手があったかぁ……詰められていることにも気がつかなかったよ」
「全ての駒をよく見ないとだめだよ。……もう一回やる?」
「……うん」
 二人で駒を元の位置に戻していく。ふと、マルスが元の位置に戻したキングに目が行って、思わず、
「チェスみたいに戦っていたなら……マルスはキングだね。王族だし」
 そんな自分の言葉に、マルスは僅かに驚いたようだが、すぐに笑顔を取り戻して、
「そうだね。……じゃあ、この駒はシーダ。こっちはカインとアベル。この三つはパオラとカチュアとエスト。これはジェイガンとフレイ」
 どこか嬉しそうに、そして懐かしそうに微笑みながらチェスの駒をひとつひとつ指差しながら、かつて共に祖国を取り戻すべく戦った仲間達の名前を付けていく。
 どんな人達だったのかはリンクには分からない。しかし、ひとつ駒を指差し、名前をつける度に一人一人との出来事を思い出しているのか、優しく微笑むマルスを見る限り、皆アカネイアの為に、決死の覚悟で戦場を駆け抜けた素晴らしい人達だったのだろう。その位はリンクにも分かる。
「このビショップはマリア。その前にいるポーンがミネルバ。そっちのビショップは姉上。この二つはマリクとリンダ。こっちの二つはチキとバヌトゥ。これは……」
 一度マルスが詰められそうになった際、キングの前に置くことで詰めを防いだポーンを指差して、マルスの微笑と動きが途絶えた。……何か辛いことでも思い出したのだろうか。
「……どうかした?」
 マルスの顔を覗き込んでみる。すると、顔は笑顔を取り戻したものの、どこか悲しそうだった。
「……14歳の時に城が攻め込まれて、僕は国から逃げたんだ。その時に姉上ともう一人、ゴードンという弓兵が囮になって、逃げ道を作ってくれた。姉上は生きていたんだけど、ゴードンは……」
 そこまで言ったところで、マルスは口をつぐんだ。その先は言われなくてもわかる。――その人は、助からなかったのだろう。
「……沢山の人と戦うというのも、いい事ばかりじゃない。僕が居なければ国は取り戻せないから、僕の為に命を投げ出した人も居た。……僕は、その人の為に生きなければいけなかった」
「マルス……」
「大衆を助けるためなら、時として自分の命も投げ出す覚悟で居なければならない。……それは、兵として当然の事だって分かっている。でも……」
「……ごめん。変なこと、聞いたね」
 リンクの謝罪に、マルスは大丈夫だよ。と笑って、
「いいんだ。彼の為にちゃんと、アリティアはこの手で取り戻した。……だから、大丈夫」
「強いね……マルスは」
「僕から見たら……リンクの方が強いよ。たった一人で世界を取り戻したんでしょ? 僕より、ずっと凄い」
「そう……かな?」
 マルスはこくり。と頷いて、
「……そうだよ。……さて、暗い話はここまでにして、チェスの続きを始めようか」
 そう言って、いつもと同じように微笑むマルスの姿を見て、マルスがこう言っていても、マルスの方が、リンクよりもはるかに強いのだと、改めて実感させられた。

「次くらいは手加減して欲しいな……」
「……善処するよ」
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