恐る恐るその手を取った。
 彼は自分の青白い手を払いのけることもしようとせず、自分の手をそっと包み込むように握る。自分の手を握っている彼の手からじんわりと人の体温というものが伝わってきて、その心地よさにそっと目を伏せる。
「きみの手は冷たいね」
 彼の言葉に再び目を開けると、彼は青色の瞳でしげしげと自分の青白い手を見つめていた。自分でもわかっていたことなのにそれを指摘されて、どこか胸が痛む。
 この人の手にはちゃんと血が通っていて、こんなにもあたたかい。斬ったら赤い液体が出てくることは同じなのに、自分の手はこんなにも冷たい。今目の前に居る人と自分、いったいなにが違うというのだろう。
 もしかすると、初めから自分に血というものは初めから流れていないのかも。
 切ったら傷口から出てくるだけの赤い液体しか流れていないのかも。
 そう思うと、急に空しい気分になった。自分がどれだけ彼より劣る存在なのか、思い知らされたような気がした。
「どうかした?」
 彼が自分の頬に手を伸ばしてきた。まだ握られていた手に彼のぬくもりが残っているのに、頬に伸ばされた手からどんどんあたたかい体温が伝わってきて、文字通りからっぽの心が満たされていく。どこか嬉しいようで悲しい気分だ。
 彼がひどく心配そうな顔で自分を見てくるので、何か言わなければと、頭の中で必死に模索する。
「……なんでもない」
 結局どれだけ模索しても、こんな簡単な言葉が上擦った声で出てきただけだった。明らかに不自然だったのに、彼もなにも言わずに穏やかに微笑んで、ゆっくりと自分の背中に腕を回して、自分の体を抱きしめる。
 先ほどまでは頬と手からしか伝わってこなかったぬくもりが、全身から伝わってくる。じんわりと体に染み渡るぬくもりに、体がぶる、と震えた。
 自分の背中に回された彼の腕に力をこめられ、ぎゅっと抱きしめられた。首筋に彼の頬があたる。頬を摺り寄せてくる。
 黙って、動かないで、されるがままになった。というより、動きたくても動けなかったのかもしれないが。
「もしかして、嫌かな?」
 摺り寄せていた頬を首筋から離して、彼は言う。
「……どうしてだ」
「だって、反応がないじゃないか」
 動けないのは驚いているわけじゃない。恥ずかしがっているわけでもない。彼の体のあたたかさと、からっぽの心が満たされる不思議な感覚に、もうどうすればいいのかよくわからないだけだ。
 けれど口に出せない。そう伝えることができない。息は確かにできるのに、それだけで精一杯になってしまったのか、声は全く出てこなかった。
「やっぱり嫌かな。じゃあ、やめようか」
 違う。嫌なんかじゃない。ただ口に出せないだけで、本当はこのままでいたい。
 お願いだわかってくれ。と心の中で強く念じて、どうにか動かすことの出来た左手を彼の頬に伸ばす。
「?」
 彼は自分が触れてないほうへかくん。と首をかしげる。
 ちゃんとするべきことをしてくれない喉を叱咤して、どうにか声を出そうとする。でもやっぱり声は出ず、諦めてそっと目を逸らす。
「それとも、このままがいい?」
 わかってくれと念じたのが通じたのか、彼は優しそうな目で微笑んでいる。これなら喋らなくても、頷くだけでいい。とっさに自分はこくこくと頷いて、それを肯定する。
「もしかして、言い辛かったのかな。……ぼくも同じ状況なら、ちょっと言い辛いかもな。気付いてあげられなくてごめんね」
「気にしなくていい。……言えなかったおれが悪い」
 上擦った声ではあるがやっと喋れるようになって、とっさにフォローをする。
「お互いの気持ちがもっとわかるようになれたらいいのにね。ほとんど自分が二人居るようなものなんだし」
 彼が困ったように笑って言う。
 確かに分かり合えたら、もっと意思の疎通も楽になれるかもしれない。今回みたいに思ったことも上手くいえないような関係なら、そう思うのは自然なことだ。
「けど上手くいかないから、おれが伝えたいことを伝えなきゃいけない」
「無理はしなくていいんだ」
「言わなきゃわからないことは沢山ある」
「……そうだね。でも、ぼくも君の気持ちに気付いてあげられるようにするから」
 君だけが無理をする必要は無いんだ。と言ってくれた。それに黙って頷いて、同意すると、彼はにっこり笑って頭を撫でてくれた。
 そして、彼がそっと抱きしめてくれた。苦しくない程度に腕に力をこめてきて、再び自分の首に頬を摺り寄せてくる。再び彼の体温が全身に行き渡るようになって、まるで暖かい毛布に包まれて眠るような気分だ。
 彼の背中に腕を回して、ぎゅっと力をこめる。するとくすくすという彼の笑い声と一緒に好きだよ。という囁き声が聞こえた。その言葉に、胸の奥がなんだかふわふわした気持ちになった。
 多分これがきっと、人を好きになる気持ちというものなんだろう。リンクがわかっているはずなのに、教え方がわからないと言って教えてくれなかったもの。

 からっぽのコップのような心に色々な気持ちが注ぎ込まれる感じに戸惑いながらも、ダークはこのままそっと目を閉じた。
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