突然だが、彼には「恋人らしいこと」というものは一切通用しない。
好きな人にはこうしてあげたい、好きな人にはこうするべき、好きな人にはこうされたい、というようなそういう当たり前のことが彼の前では一切通用しない。
それもそうだ。彼は魔物だ。人間じゃない生き物として生まれて、人間じゃない生き物として生きてきて、そんな中でたまたまぼくと出会って人間らしい生活を送ることが出来ただけ。なので彼に人間にとっての当たり前というものを理解しろというのは中々酷だろう。
なので本から知識を得てくることはあったけれど、ぼくもそういうことはそんなに教えていないし、そういうこと自体それほどこっちも求めていないので強制もしてない。
でもまあたまにああしたいとかこうされたいとか、そういう気持ちにはならないわけじゃない。こっちはごく普通の男なんだし。世界を救った人を普通と言うかは別として、だ。
時折、ぼくは人間関係に疲れる時がある。皆良い人なんだけれど、それでもなんだか色んなことが煩わしくなって一人になりたい時はある。
そういう時は、彼の体によく凭れ掛かっていた。凭れ掛かって肩に自分の顔をうずめた。
なぜ一人になりたいのに彼に凭れ掛かるかと言うと、彼は人間じゃないし、人とそんなに繋がりを持たない。人間関係とかそういうものから少し離れたところに彼は居る。
だからそういうものとは縁の無い彼の傍にいるのは、不思議と辛くないのだ。やっぱり彼は気が利かないから、彼に凭れ掛かったぼくの肩に手を回してくるようなことはしてこないけど。でも変に察しはいいからこういう時ぼくが彼に何を求めているかはどうやら分かっているみたいだし、何があったのかも聞いてこない。ぼくの心に踏み込んでこないのだ。
彼のそういう所が、ぼくは好きだ。
「ダーク」
名前を呼ばれて振り返る。そこにはしゅんとした雰囲気のリンクが立っていた。そんな雰囲気のせいでおれと全く同じ背丈なのにおれよりも小さく見える。なにかあったんだなと、すぐに分かった。
「なんだよ」
「隣、いいかな」
「……好きにしろ」
そう言うとリンクは、ベッドに腰掛けて本を読んでいたおれの右隣に座って、おれの体に凭れ掛かり、体重を預ける。おれの首筋に金色の髪があたる。それなりにこいつの体は重いけれど、重いからやめろなんて言うほどおれも冷酷じゃない。おれはなにもなかったふりをして、おれは本に視線を戻した。
こいつは精神的に疲れた時には、よくおれの体にもたれかかり、おれの肩に顔をうずめる。
いつも何も言ってこないし、泣いたりもしない。ただ、おれの体に凭れ掛かるだけだ。
昔のおれは、人の気持ちを汲み取ることが全く出来なかった。自我が全く無いぶん赤子みたいに自分のことだけで精一杯だったから、無意識のうちに他人に失礼な言動をしてしまう時もあった。
そんな昔のおれでも、そんなこいつの姿を見て、何があったのか聞いてはいけないってことはわかった。だから少し気になりはしたが、結局何も聞かなかった。
月日が経って他人の気持ちをそれなりに汲み取れるようになったりとか、何が他人にとって失礼なことなのかとか、次第にそういう人間として当たり前のことを学び、もうひとつのことに気づいた。
おれは一人で居ることが多い。生まれてからずっと他人と馴れ合うことをしてこないで生きてきたから、そっちのほうが気楽でおれは好きだ。多分、そういうことが当たり前になってしまってどう接すればいいのかわからないというのもあるのだろうけれど。それなりに自我が出来上がってきた今でもそれは変わらないし、人間関係なんておれにはよくわからないし縁のないものだ。
そしてこいつは、疲れた時にはそういうものとは縁の無い場所に居るおれを求めている。どうやらおれ以外の人じゃだめらしい。
人は普通、こういう時には優しい言葉をかけてくれる人を求めるらしい。おれはそういう言葉はかけられない。でもこいつは、そんなおれを求めてる。
言葉はかけられない。かけてはいけない。そんなこと出来るほど器用じゃないから。下手をするとこいつの傷を抉ってしまうことになるかもしれないから。……マルスなら、あいつだったらそういうことは上手くやれるかもしれないけど、おれはマルスじゃないし、あんな奴にはなりたくない。
そもそもそういう言葉をかけて欲しいならマルスの所に行けばいい。でもこいつはあいつの所へ行かずにここにいる。そういう言葉は要らないってことなんだろう。
「(でも)」
言葉をかけられなくたって、何かしらの行動を起こすことはできる。おれは読んでいた革表紙の本にしおりを挟んでとじ、脇に置いた。そしてそっとリンクの肩に右手を回して肩を抱いた。驚いたのか、肩に触れた時にびくんと少しだけリンクの体が震えた。
「嫌ならそう言え。すぐにやめる」
「……いや、このままでいい。ありがとう」
もしかすると嫌がるかもしれないと思っていたけれど、小さなため息が聞こえて、リンクが顔をおれの肩に摺り寄せる。本当に嫌ではないようだ。
昔からこうして黙って肩を貸してやったけれど、今回みたいに肩をそっと抱き寄せるということはしなかった。何故かと言うと、前にも言ったとおりおれは人間じゃないから、人間の常識というものは、今でも知らないことがあるくらいだ。だから、こういう時には相手の肩を抱いてやればいいなんてことは当然おれには分からない。
そして、疲れて自分の肩に凭れ掛かってきた人には、そっと肩を抱いてやればいいという人間の中での常識を知ったのと、こいつは人間関係とは離れた場所に居るおれを求めているということを悟ったのは、ほとんど同じだった。普通ならば肩を抱き寄せればいい。普通なら。でもこいつは人間にとっての当たり前というものが無いおれを求めている。そう思うと、肩を抱き寄せることは出来ない。
さしずめこいつには気が利かない奴とでも思われているだろう。おれが肩を抱き寄せるか否かでそれなりに悩んでいたことには知らないで。
更にリンクは凭れ掛かるだけだった体をこっちに向けて、今度はおれの胸に顔を埋める。おれも肩に右手を置いているだけだったのを、体をリンクの方に向けて、両手でリンクの体を抱く。
おれ達の体系は全く同じだ。背丈も肉付きも変わらない。だから腕の中にすっぽり体がおさまったりなんかはしないから、あまり上手く抱きしめることは出来ない。それでもおれはリンクの背中に腕を回す。
「おれ、今までこういうことはあんまりしてこなかったな」
「そう、だったね」
「お前もそういうことは求めなかった。でも、お前は心の底でそういうおれに不満を持ってるんじゃないかって、たまに思ってた」
「そんなこと……ない」
「でもそうしてくれるのなら、そうしたほうがいいだろ。お前、おれのこと好きなんだし。……何かして欲しいなら、言え」
なんでもしてやるからと、耳元で囁く。リンクは少しだけ考えた後、おれの腕を握って、おれのベッドに倒れ込む。おれも腕を引っ張られて、ベッドに横になったリンクの上に馬乗りになるような形になる。
「なんでもいい?」
「ああ、なんでもいい」
「じゃあさ、キスしてよ。それからぎゅって抱きしめて」
「それでいいのか。それ以上は?」
「今は……それだけでいい」
それならと馬乗りになっていた体を、唇をゆっくり落として、手でリンクの金髪を梳いて、唇に唇を合わせる。すぐに唇を離さないで、ただの唇と唇を合わせるだけのキスを、長い間続ける。
舌を絡ませるような深い深いキスをしなくても、唇を合わせるだけのキスでも、おれがこいつのことを好きだってことは伝わる。同時に、こいつがおれのことを好きだってことも十分伝わってる。だから、そんなに互いを求める必要なんてないんだって、おれ達は思ってる。
少し息苦しくなってきた頃に唇を離し、おれはリンクの頭を抱えて、ぎゅっと抱きしめてやった。リンクもおれの背中に手を回して、抱きしめ返してくれる。
「次にお前が落ち込んだとき、おれはどうすればいい?」
「いつも通り、ちょっと肩を貸してくれればいい。たまにぼくがそうしたいって言ったなら、抱きしめてくれればそれでいい。それで十分満足だよ。だって……」
「だって?」
「そういう君が、好きだしね」
「……そりゃどうも」
好きな人にはこうしてあげたい、好きな人にはこうするべき、好きな人にはこうされたい、というようなそういう当たり前のことが彼の前では一切通用しない。
それもそうだ。彼は魔物だ。人間じゃない生き物として生まれて、人間じゃない生き物として生きてきて、そんな中でたまたまぼくと出会って人間らしい生活を送ることが出来ただけ。なので彼に人間にとっての当たり前というものを理解しろというのは中々酷だろう。
なので本から知識を得てくることはあったけれど、ぼくもそういうことはそんなに教えていないし、そういうこと自体それほどこっちも求めていないので強制もしてない。
でもまあたまにああしたいとかこうされたいとか、そういう気持ちにはならないわけじゃない。こっちはごく普通の男なんだし。世界を救った人を普通と言うかは別として、だ。
時折、ぼくは人間関係に疲れる時がある。皆良い人なんだけれど、それでもなんだか色んなことが煩わしくなって一人になりたい時はある。
そういう時は、彼の体によく凭れ掛かっていた。凭れ掛かって肩に自分の顔をうずめた。
なぜ一人になりたいのに彼に凭れ掛かるかと言うと、彼は人間じゃないし、人とそんなに繋がりを持たない。人間関係とかそういうものから少し離れたところに彼は居る。
だからそういうものとは縁の無い彼の傍にいるのは、不思議と辛くないのだ。やっぱり彼は気が利かないから、彼に凭れ掛かったぼくの肩に手を回してくるようなことはしてこないけど。でも変に察しはいいからこういう時ぼくが彼に何を求めているかはどうやら分かっているみたいだし、何があったのかも聞いてこない。ぼくの心に踏み込んでこないのだ。
彼のそういう所が、ぼくは好きだ。
「ダーク」
名前を呼ばれて振り返る。そこにはしゅんとした雰囲気のリンクが立っていた。そんな雰囲気のせいでおれと全く同じ背丈なのにおれよりも小さく見える。なにかあったんだなと、すぐに分かった。
「なんだよ」
「隣、いいかな」
「……好きにしろ」
そう言うとリンクは、ベッドに腰掛けて本を読んでいたおれの右隣に座って、おれの体に凭れ掛かり、体重を預ける。おれの首筋に金色の髪があたる。それなりにこいつの体は重いけれど、重いからやめろなんて言うほどおれも冷酷じゃない。おれはなにもなかったふりをして、おれは本に視線を戻した。
こいつは精神的に疲れた時には、よくおれの体にもたれかかり、おれの肩に顔をうずめる。
いつも何も言ってこないし、泣いたりもしない。ただ、おれの体に凭れ掛かるだけだ。
昔のおれは、人の気持ちを汲み取ることが全く出来なかった。自我が全く無いぶん赤子みたいに自分のことだけで精一杯だったから、無意識のうちに他人に失礼な言動をしてしまう時もあった。
そんな昔のおれでも、そんなこいつの姿を見て、何があったのか聞いてはいけないってことはわかった。だから少し気になりはしたが、結局何も聞かなかった。
月日が経って他人の気持ちをそれなりに汲み取れるようになったりとか、何が他人にとって失礼なことなのかとか、次第にそういう人間として当たり前のことを学び、もうひとつのことに気づいた。
おれは一人で居ることが多い。生まれてからずっと他人と馴れ合うことをしてこないで生きてきたから、そっちのほうが気楽でおれは好きだ。多分、そういうことが当たり前になってしまってどう接すればいいのかわからないというのもあるのだろうけれど。それなりに自我が出来上がってきた今でもそれは変わらないし、人間関係なんておれにはよくわからないし縁のないものだ。
そしてこいつは、疲れた時にはそういうものとは縁の無い場所に居るおれを求めている。どうやらおれ以外の人じゃだめらしい。
人は普通、こういう時には優しい言葉をかけてくれる人を求めるらしい。おれはそういう言葉はかけられない。でもこいつは、そんなおれを求めてる。
言葉はかけられない。かけてはいけない。そんなこと出来るほど器用じゃないから。下手をするとこいつの傷を抉ってしまうことになるかもしれないから。……マルスなら、あいつだったらそういうことは上手くやれるかもしれないけど、おれはマルスじゃないし、あんな奴にはなりたくない。
そもそもそういう言葉をかけて欲しいならマルスの所に行けばいい。でもこいつはあいつの所へ行かずにここにいる。そういう言葉は要らないってことなんだろう。
「(でも)」
言葉をかけられなくたって、何かしらの行動を起こすことはできる。おれは読んでいた革表紙の本にしおりを挟んでとじ、脇に置いた。そしてそっとリンクの肩に右手を回して肩を抱いた。驚いたのか、肩に触れた時にびくんと少しだけリンクの体が震えた。
「嫌ならそう言え。すぐにやめる」
「……いや、このままでいい。ありがとう」
もしかすると嫌がるかもしれないと思っていたけれど、小さなため息が聞こえて、リンクが顔をおれの肩に摺り寄せる。本当に嫌ではないようだ。
昔からこうして黙って肩を貸してやったけれど、今回みたいに肩をそっと抱き寄せるということはしなかった。何故かと言うと、前にも言ったとおりおれは人間じゃないから、人間の常識というものは、今でも知らないことがあるくらいだ。だから、こういう時には相手の肩を抱いてやればいいなんてことは当然おれには分からない。
そして、疲れて自分の肩に凭れ掛かってきた人には、そっと肩を抱いてやればいいという人間の中での常識を知ったのと、こいつは人間関係とは離れた場所に居るおれを求めているということを悟ったのは、ほとんど同じだった。普通ならば肩を抱き寄せればいい。普通なら。でもこいつは人間にとっての当たり前というものが無いおれを求めている。そう思うと、肩を抱き寄せることは出来ない。
さしずめこいつには気が利かない奴とでも思われているだろう。おれが肩を抱き寄せるか否かでそれなりに悩んでいたことには知らないで。
更にリンクは凭れ掛かるだけだった体をこっちに向けて、今度はおれの胸に顔を埋める。おれも肩に右手を置いているだけだったのを、体をリンクの方に向けて、両手でリンクの体を抱く。
おれ達の体系は全く同じだ。背丈も肉付きも変わらない。だから腕の中にすっぽり体がおさまったりなんかはしないから、あまり上手く抱きしめることは出来ない。それでもおれはリンクの背中に腕を回す。
「おれ、今までこういうことはあんまりしてこなかったな」
「そう、だったね」
「お前もそういうことは求めなかった。でも、お前は心の底でそういうおれに不満を持ってるんじゃないかって、たまに思ってた」
「そんなこと……ない」
「でもそうしてくれるのなら、そうしたほうがいいだろ。お前、おれのこと好きなんだし。……何かして欲しいなら、言え」
なんでもしてやるからと、耳元で囁く。リンクは少しだけ考えた後、おれの腕を握って、おれのベッドに倒れ込む。おれも腕を引っ張られて、ベッドに横になったリンクの上に馬乗りになるような形になる。
「なんでもいい?」
「ああ、なんでもいい」
「じゃあさ、キスしてよ。それからぎゅって抱きしめて」
「それでいいのか。それ以上は?」
「今は……それだけでいい」
それならと馬乗りになっていた体を、唇をゆっくり落として、手でリンクの金髪を梳いて、唇に唇を合わせる。すぐに唇を離さないで、ただの唇と唇を合わせるだけのキスを、長い間続ける。
舌を絡ませるような深い深いキスをしなくても、唇を合わせるだけのキスでも、おれがこいつのことを好きだってことは伝わる。同時に、こいつがおれのことを好きだってことも十分伝わってる。だから、そんなに互いを求める必要なんてないんだって、おれ達は思ってる。
少し息苦しくなってきた頃に唇を離し、おれはリンクの頭を抱えて、ぎゅっと抱きしめてやった。リンクもおれの背中に手を回して、抱きしめ返してくれる。
「次にお前が落ち込んだとき、おれはどうすればいい?」
「いつも通り、ちょっと肩を貸してくれればいい。たまにぼくがそうしたいって言ったなら、抱きしめてくれればそれでいい。それで十分満足だよ。だって……」
「だって?」
「そういう君が、好きだしね」
「……そりゃどうも」
スポンサードリンク