初めて彼に会った時、どこか既視感を感じた。
それは彼も同じだったらしく、一瞬だけどこか悲しそうな表情を浮かべた後、勇者リンクと、自分の名前を呼んだ。
その時、どうして彼が悲しそうな表情を浮かべたのか分からなかった。まだ彼がどういう魔物なのか全く知らなかった、というのもあったのだが。
――今なら分かった。彼は、自分の姿を通してかつての勇者様を見ていたのだ。
彼は勇気のトライフォースを宿した人間の鏡だ。今でこそ自分とそっくりの外見をしているが、それまではかつての勇者様と同じ外見をしていたのだろう。
彼はきっと、かつての勇者様が好きだったのだろう。その人の鏡であったことが幸せだったのだろう。
それなのに、自分が生まれたから彼は、勇者様の鏡でなくなってしまったのだ。
つまり、自分が居なければ、いつまでも彼は勇者様の鏡で居られた。そう考えれば、あの時の彼の悲しそうな表情も説明がついた。
――自分は彼にとって、忌むべき存在だったのだろうか?
「……ダーク?」
全てが終わった。陰りの鏡は粉々に砕け、ミドナには二度と会えなくなってしまったけれど、ガノンドロフはこの手で殺した。もう二度と世界がこのような危機に瀕することはなくなったのだ。
だから約束通り、ダークに会いに来たのだ。
ガノンドロフに勝ったと、世界をこの手で救ったと笑顔で報告する為に。
だが、ダークは居なかった。全てが終わったらここで会おうと約束した湖には、どこにも。
それでもいつもは名前を呼べば現れてくれるはずなのだ。そのはずなのに、いくら名前を呼んでも現れてくれなかった。
――何かあったのだろうか。そう考えると、頭の中を一気に悪い予感が駆け巡る。
いや、そんなはずは無い。どうせまたいつも通り嫌味を言いながらリンクの目の前に現れてくれるはずなのだ。
「(他の湖に行ってみれば、多分……)」
ダークに会えるだろう。そう思って、リンクは踵を返そうとした。すると、目の前に膝立ちの状態で手で顔を覆い、泣きじゃくっている青年の姿が目に入った。青年の体はどこか、半透明になっている。
「ぼくの……せいだ」
青年は所々嗚咽を漏らしながら、酷く弱弱しい声でそう言う。
「ぼくなら救ってあげられた……なのにぼくは……」
「……あの」
青年に声をかけようと近寄る。しかし青年はリンクのことが見えていないのか、嗚咽は一向に止まらない。
それよりも、青年の姿に驚かされた。金色の髪に、緑の服。手で顔を覆い隠しているのでどんな顔かは分からないが、リンクと全く同じ格好だった。
「救えなかった……救えたのに救えなかった……!」
さらに青年に近寄っても全く気付いてもらえないので、肩を軽く叩いてみようと思い、恐る恐る青年の透けた体に手を伸ばす。
手が青年の体に触れる前に、青年が思いもよらぬ言葉を発した。
「……ダーク」
その言葉にリンクの表情が凍りつく。何故ここで、青年の言葉から彼の名前が発せられるのか。
「待って! 一体どういう……」
慌てて青年の体に触れようと手を伸ばすと、リンクの手は青年の体をすり抜け、青年は光の塵になって跡形無く消えていった。
リンクは青年の居た場所に立ちすくんだまま、青年の言葉を頭の中で繰り返していた。
「(……救えなかった?)」
それに、青年は嗚咽交じりでも確かに言っていた。彼の名前を。
救えなかったという言葉と、彼の名前。それらのピースを頭の中で何度も繰り返しているうちに、ピースがぴったりと合わさった。それと同時にとてつもなく嫌な予感がリンクの頭の中を支配する。
「……ダーク!」
嘘だと思いたかった。そしてそれが嘘だと証明するために、リンクは駆け出した。
色んな場所の湖を探した。その度に声を張り上げて彼の名前を呼んだ。しかし、彼の姿は見えないし、返事は返ってこない。
その度にどんどん不安は大きくなり、急かされる。最初は笑顔で、彼に全てが終わったことを報告しようと思っていたのに、どうしてこんなことになってしまったのか。
次に向かうのは、彼と初めて会った湖。今度こそ、そこに彼がいるかもしれない。
不安からか、どんどん早歩きになっていく。そのうち居ても立っても居られなくなって、リンクは駆け出した。
湖が見えてきた。彼の名前を叫ぶものの、やはり返答はなかった。それでも湖の畔に立って、辺りを見渡す。
「……?」
それほど深くない湖の底に、黒いなにかがあった。一部が日の光を受けて銀色に輝いている。
リンクはゆっくり湖の中に足を踏み入れ、腰まで水に浸かり、その黒いなにかが何なのか確かめようとする。
その黒い何かはリンクと同じくらいの大きさだった。
一部が血色の悪い肌色だった。
日の光を受けて輝いていたのは銀色の髪の毛だった。
――間違いなく、彼だった。
「ダーク!」
ばしゃばしゃと音を立てて水を掻き分けリンクは進み、彼の体を水の中からすくい上げる。
体を揺すってみても勿論反応はない、それどころか、息すらしていない。
湖を見つけてから彼の体をすくい上げるまでの時間から考えて、生きているはずがなかった。
彼は、既に死んでいた。
「(……なんて幸せそうな、表情)」
彼は笑っていた。今までリンクには見せたことがない、まるで母の子守唄を聞きながら、暖かい毛布に包まれて眠る子供のように、幸せそうな笑顔だった。
彼が愛した、かつての勇者様に会っているのだろうか。
「ずるいなぁ……ダークは」
自分の喉から発せられた声は震えていた。今自分は、泣いているのだろう。
「ぼくなんかさ、ミドナに二度と会えなくなって、ダークにも二度と会えなくなっちゃったのに。……けれど君は勇者様に会えたの? ずるいよ。君は」
水滴が一つ、彼の頬に落ちた。――雨でも降って来たのだろうか。
リンクは、ダークの死に顔の笑顔に負けないように、崩れた顔で精一杯の笑顔を作って、
「ダーク、君は幸せ? ……ぼくは、全然幸せなんかじゃない。だから、君が幸せなら……」
「少しだけでいいんだ。その幸せをぼくに分けてよ。……ねぇ、ダーク」
彼の亡骸は、湖の近くに埋めることにした。自分達が初めて出会った湖から、すこし離れた場所に。
そこには、綺麗な花が咲いていた。昼は普段蕾を閉じているのに、夜になると花開くという、少し変わった花が。
その花は彼にぴったりだと思う。だからそこに彼の亡骸を埋めてあげようと思った。
きっと彼もそれを望んだはずだ。確証はないけれど、きっとそうだろう。
「(やっぱり、君はずるい)」
自分は笑顔で全てが終わったことを報告しにきたのに、彼は一人黙って、勝手に死んでしまうなんて。
ミドナも、彼にももう会えない。――自分は、取り残されてしまった。
今頃彼は、勇者様と居るのだろうか。彼は勇者様が好きだった。そんなの、わかりきったことだった。
しかし自分は聞いてしまったのだ。彼の想いを。忘れもしない、自分が命を落としかけるほどの大怪我を負った日に。
「(あの時君はこう言ったね)」
指切りをしたのに怪我をしたと。指切りを交わした日に自分が呟いた言葉が聞こえていたと。彼が自分の瞳を通してかつての勇者様を見ていると自分が思っていると。――自分のことが、好きだと。
「(君もそうだったように。……ぼくにも聞こえていたんだよ)」
薄い意識の中で、自分は彼の言葉をしっかりと聞いていた。誰が忘れるものか。想いを寄せた人に好きだと言われたことなんて。
「(嬉しかったよ。……でも、君だって指切りをしたのに約束を守ってないじゃないか)」
けれど、彼は知っていたのだろう。あの時、指切りをしたところで守れないということを。しっかりと顔に出ていたから自分は知っていた。今にも泣きそうだった、彼の顔に。
「(本当は、さ……あんな泣きそうな顔で指切りなんて、してほしくなかったな)」
それなのに彼は指切りを交わした。そこにどんな思いがあったのかは、今となってはわからないが。それに、指切りをするのをやめようとしなかった自分にだって非はある。
「やっぱり、君はずるい」
そう呟いて、掘った穴の上に彼の亡骸をそっと置く。
「でも……」
彼の亡骸に土をかける前に、彼の唇に自分の唇を重ねた。温もりが一切ない、冷たい唇。
「大好きだよ」
それは彼も同じだったらしく、一瞬だけどこか悲しそうな表情を浮かべた後、勇者リンクと、自分の名前を呼んだ。
その時、どうして彼が悲しそうな表情を浮かべたのか分からなかった。まだ彼がどういう魔物なのか全く知らなかった、というのもあったのだが。
――今なら分かった。彼は、自分の姿を通してかつての勇者様を見ていたのだ。
彼は勇気のトライフォースを宿した人間の鏡だ。今でこそ自分とそっくりの外見をしているが、それまではかつての勇者様と同じ外見をしていたのだろう。
彼はきっと、かつての勇者様が好きだったのだろう。その人の鏡であったことが幸せだったのだろう。
それなのに、自分が生まれたから彼は、勇者様の鏡でなくなってしまったのだ。
つまり、自分が居なければ、いつまでも彼は勇者様の鏡で居られた。そう考えれば、あの時の彼の悲しそうな表情も説明がついた。
――自分は彼にとって、忌むべき存在だったのだろうか?
「……ダーク?」
全てが終わった。陰りの鏡は粉々に砕け、ミドナには二度と会えなくなってしまったけれど、ガノンドロフはこの手で殺した。もう二度と世界がこのような危機に瀕することはなくなったのだ。
だから約束通り、ダークに会いに来たのだ。
ガノンドロフに勝ったと、世界をこの手で救ったと笑顔で報告する為に。
だが、ダークは居なかった。全てが終わったらここで会おうと約束した湖には、どこにも。
それでもいつもは名前を呼べば現れてくれるはずなのだ。そのはずなのに、いくら名前を呼んでも現れてくれなかった。
――何かあったのだろうか。そう考えると、頭の中を一気に悪い予感が駆け巡る。
いや、そんなはずは無い。どうせまたいつも通り嫌味を言いながらリンクの目の前に現れてくれるはずなのだ。
「(他の湖に行ってみれば、多分……)」
ダークに会えるだろう。そう思って、リンクは踵を返そうとした。すると、目の前に膝立ちの状態で手で顔を覆い、泣きじゃくっている青年の姿が目に入った。青年の体はどこか、半透明になっている。
「ぼくの……せいだ」
青年は所々嗚咽を漏らしながら、酷く弱弱しい声でそう言う。
「ぼくなら救ってあげられた……なのにぼくは……」
「……あの」
青年に声をかけようと近寄る。しかし青年はリンクのことが見えていないのか、嗚咽は一向に止まらない。
それよりも、青年の姿に驚かされた。金色の髪に、緑の服。手で顔を覆い隠しているのでどんな顔かは分からないが、リンクと全く同じ格好だった。
「救えなかった……救えたのに救えなかった……!」
さらに青年に近寄っても全く気付いてもらえないので、肩を軽く叩いてみようと思い、恐る恐る青年の透けた体に手を伸ばす。
手が青年の体に触れる前に、青年が思いもよらぬ言葉を発した。
「……ダーク」
その言葉にリンクの表情が凍りつく。何故ここで、青年の言葉から彼の名前が発せられるのか。
「待って! 一体どういう……」
慌てて青年の体に触れようと手を伸ばすと、リンクの手は青年の体をすり抜け、青年は光の塵になって跡形無く消えていった。
リンクは青年の居た場所に立ちすくんだまま、青年の言葉を頭の中で繰り返していた。
「(……救えなかった?)」
それに、青年は嗚咽交じりでも確かに言っていた。彼の名前を。
救えなかったという言葉と、彼の名前。それらのピースを頭の中で何度も繰り返しているうちに、ピースがぴったりと合わさった。それと同時にとてつもなく嫌な予感がリンクの頭の中を支配する。
「……ダーク!」
嘘だと思いたかった。そしてそれが嘘だと証明するために、リンクは駆け出した。
色んな場所の湖を探した。その度に声を張り上げて彼の名前を呼んだ。しかし、彼の姿は見えないし、返事は返ってこない。
その度にどんどん不安は大きくなり、急かされる。最初は笑顔で、彼に全てが終わったことを報告しようと思っていたのに、どうしてこんなことになってしまったのか。
次に向かうのは、彼と初めて会った湖。今度こそ、そこに彼がいるかもしれない。
不安からか、どんどん早歩きになっていく。そのうち居ても立っても居られなくなって、リンクは駆け出した。
湖が見えてきた。彼の名前を叫ぶものの、やはり返答はなかった。それでも湖の畔に立って、辺りを見渡す。
「……?」
それほど深くない湖の底に、黒いなにかがあった。一部が日の光を受けて銀色に輝いている。
リンクはゆっくり湖の中に足を踏み入れ、腰まで水に浸かり、その黒いなにかが何なのか確かめようとする。
その黒い何かはリンクと同じくらいの大きさだった。
一部が血色の悪い肌色だった。
日の光を受けて輝いていたのは銀色の髪の毛だった。
――間違いなく、彼だった。
「ダーク!」
ばしゃばしゃと音を立てて水を掻き分けリンクは進み、彼の体を水の中からすくい上げる。
体を揺すってみても勿論反応はない、それどころか、息すらしていない。
湖を見つけてから彼の体をすくい上げるまでの時間から考えて、生きているはずがなかった。
彼は、既に死んでいた。
「(……なんて幸せそうな、表情)」
彼は笑っていた。今までリンクには見せたことがない、まるで母の子守唄を聞きながら、暖かい毛布に包まれて眠る子供のように、幸せそうな笑顔だった。
彼が愛した、かつての勇者様に会っているのだろうか。
「ずるいなぁ……ダークは」
自分の喉から発せられた声は震えていた。今自分は、泣いているのだろう。
「ぼくなんかさ、ミドナに二度と会えなくなって、ダークにも二度と会えなくなっちゃったのに。……けれど君は勇者様に会えたの? ずるいよ。君は」
水滴が一つ、彼の頬に落ちた。――雨でも降って来たのだろうか。
リンクは、ダークの死に顔の笑顔に負けないように、崩れた顔で精一杯の笑顔を作って、
「ダーク、君は幸せ? ……ぼくは、全然幸せなんかじゃない。だから、君が幸せなら……」
「少しだけでいいんだ。その幸せをぼくに分けてよ。……ねぇ、ダーク」
彼の亡骸は、湖の近くに埋めることにした。自分達が初めて出会った湖から、すこし離れた場所に。
そこには、綺麗な花が咲いていた。昼は普段蕾を閉じているのに、夜になると花開くという、少し変わった花が。
その花は彼にぴったりだと思う。だからそこに彼の亡骸を埋めてあげようと思った。
きっと彼もそれを望んだはずだ。確証はないけれど、きっとそうだろう。
「(やっぱり、君はずるい)」
自分は笑顔で全てが終わったことを報告しにきたのに、彼は一人黙って、勝手に死んでしまうなんて。
ミドナも、彼にももう会えない。――自分は、取り残されてしまった。
今頃彼は、勇者様と居るのだろうか。彼は勇者様が好きだった。そんなの、わかりきったことだった。
しかし自分は聞いてしまったのだ。彼の想いを。忘れもしない、自分が命を落としかけるほどの大怪我を負った日に。
「(あの時君はこう言ったね)」
指切りをしたのに怪我をしたと。指切りを交わした日に自分が呟いた言葉が聞こえていたと。彼が自分の瞳を通してかつての勇者様を見ていると自分が思っていると。――自分のことが、好きだと。
「(君もそうだったように。……ぼくにも聞こえていたんだよ)」
薄い意識の中で、自分は彼の言葉をしっかりと聞いていた。誰が忘れるものか。想いを寄せた人に好きだと言われたことなんて。
「(嬉しかったよ。……でも、君だって指切りをしたのに約束を守ってないじゃないか)」
けれど、彼は知っていたのだろう。あの時、指切りをしたところで守れないということを。しっかりと顔に出ていたから自分は知っていた。今にも泣きそうだった、彼の顔に。
「(本当は、さ……あんな泣きそうな顔で指切りなんて、してほしくなかったな)」
それなのに彼は指切りを交わした。そこにどんな思いがあったのかは、今となってはわからないが。それに、指切りをするのをやめようとしなかった自分にだって非はある。
「やっぱり、君はずるい」
そう呟いて、掘った穴の上に彼の亡骸をそっと置く。
「でも……」
彼の亡骸に土をかける前に、彼の唇に自分の唇を重ねた。温もりが一切ない、冷たい唇。
「大好きだよ」
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