「……ラネール!」
 ハイリア湖の祠にある、泉の淵に立って、光の精霊の名前を呼ぶ。すぐに深い泉の底から光が湧き出し、その光が大蛇のような体をした、精霊ラネールの身体を作りだす。
「おれが眠ってから、何年経った?」
「600と……24年だ」
「そんなに、か……」
「お前は……どうするつもりだ……?」
 予想だにしなかった精霊ラネールの言葉に、ダークは呆れたように笑って、
「どうするもなにも、あいつが死んだ時点でおれにはもう何も残っていないだろ。することなんてない」
「……そうか」
 僅かに哀れみを含んでいるラネールの声色がどこか気に食わない。ダークは、明らかに嫌そうな顔をして、
「ラネール。どうしておれの命をそのままにした? どうして眠らせることを許した? 何故……おれを殺さなかった?」
「すべて、勇者の遺志だ」
「『勇者の遺志』? あいつは624年前に死んだ。あいつがもう死んだなら、おれがどうなったって構わないだろうが」
「勇者の遺志を守らぬわけには……いかぬ」
 酷く苛々する。今更ラネールに吼えたってどうにもならないことなど分かっているのに、頭に思いついた言葉を、勝手に口が喋ってしまっている。
 自分はリンクと消えたかった。一緒の時を歩んでいきたかった。しかしそれはリンクが死ぬ最期の最期まで、そして死んだ後も叶わないままで、今こうして自分だけ生きている。あの時から身体の中は、全てが止まったまま。
 確かに自分が再び生を受けたのは彼の強い意志からだった。全てを終えた後、彼は自分を生き返らせることを望んだ。
 けれどそもそもそれは彼が自分のことを好きだったから、例え同じ時を歩めなくても、そうすることを望んだのだ。なら自分を愛した彼が居なくなってしまった以上、自分が行き続ける意味など無いではないか。
 ふざけるな。とダークは大きな声で吼えて、
「おれの命はおれのものだ! あいつの願いとはいえ、おれにだっていつ死ぬか決める権利はあるだろう!」
「それでも……できぬ」
「何故出来ない!」
「私たち光の精霊はお前を殺すことが出来ない。……お前の命を作ったのは私たちではないからだ」
 わかっている。ラネールが自分を殺せないことぐらい。
 けど自分は一秒でも早く、彼が死んでから意味が無くなった世界から逃げ出したくて、彼の元へ行きたくて。……だけど行けなくて。それが悔しくて吼えたのだ。
 自分の荒れた心を落ち着かせるべく、ダークは深く深呼吸をして、そっと目を伏せて、
「新しい勇者が……現れたんだよな?」
「そうだ。一度この場所も、ガノンドロフが操るザントによって影の領域にされてしまったが、勇者リンクのおかげで……元に戻った」
「そうか。ガノンドロフも……蘇ったのか」
「……勇者を殺すつもりか?」
「だとしたら、どうする」

「やめておけ。……血には抗えまい」





 温度の無い水に抱かれながら、ダークは各地の川に、湖に意識を集中させる。これも全て、自分に最後まで残ったものを奪った新しい勇者を殺すために。
 殺したところで自分がまた彼を映す鏡になれるというわけではない。ただ、最後に自分に残ったものさえ奪われて、そのままはいそうですかと黙って見過ごすことなんて出来るほど自分は冷静ではなかった。
 もう自分に遺されたものなど何も無いのだから、世界が、そして自分がどうなろうと構わない。
 今の自分と同じ顔の青年が、その勇者リンクなのだ。ダークは自分の意識を全て、自分を包み込む水に預けて、ただただ勇者の姿を探し続ける。
「……!」
 見つけた。ラトアーヌ地方の小さな泉の近くに、一人で地面に座って火をおこし、野宿の準備をしているようだった。ダークはすぐに腰の剣を鞘から抜き、その場所に行くべく、目を閉じて、個々に散らばっていた意識をその場所に集中させる。
 そっと目を開くと、目の前には酷く驚いた顔で、勇者リンクがこちらを見ていた。剣が重い。それでも、殺せるならいい。殺せなかったのなら、それでもいい。どうなろうと構わない。失うものなど何も無いから。
「誰だ……?」
 驚いていたリンクが、自分にそう問いかけてきた。ダークはそれを無視して、この手にある剣でリンクを殺す。……そうする、つもりだった。
 剣を持つ腕が動かない。彼は油断している。殺すなら今のうちだ。彼に近寄って剣を一振り。たったそれだけで全て済むのだ。それなのに腕が動かず、殺すことが出来ない。
 血には抗えないという、ラネールの言葉が頭の中に浮かんだ。血には抗えないというのは、愛した彼の血がリンクに流れている以上、自分はリンクを絶対に殺せないということなのだろう。
 ダークは諦めて、そっと目を伏せ、剣を泉に捨てる。
「勇者、リンク」
 未だにリンクはダークを警戒したまま、近くにあった剣に手を伸ばす。
「君は、誰だ……? どうしてぼくそっくりなんだ……?」
 顔だけでなく、口調まで彼にそっくりだった。ダークは自嘲的な笑みを浮べて。
「おれは、勇者リンクの影。お前の……影だ」
「ぼくの影……」
「気持ち悪いだろう? お前の影なんて。……逃げればいい。それにおれは剣を持っている。お前を殺す事だって出来るんだぞ?」
「君は僕を殺さない。だって、君はぼくを見て剣を捨てただろ? だったら、殺さない。それに……君は気持ち悪くなんかない。君の名前は?」
 ふるふるとリンクは首を横に振り、そう言った。
 名前……ちゃんとした名前はある。いや、あった。けどその名前は彼が名付けてくれたもので、今はもうその名で呼ぶ人は居ない。
「名前は無い。お前の好きに呼べ」
 困ったようにリンクは笑って、
「そう言われても……困るなぁ。リンクの影なら、誰か……君を作った人とかに呼ばれてた名前は無いの?」
「『ダークリンク』……そう、呼ばれていた」
「そっか。じゃあ君の名前は……」



「ダーク。君の名前は、ダークだ」
 あの時、彼に名前を貰った時と全く同じ言葉。
 ……どうやら自分も彼もリンクも、血には抗えないらしい。
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