「ぼくは君を……信じたよ」
 そう言って彼は、微笑んだ。



 所詮は模造品なのだ。
 所詮自分は彼の代わり。
 どんな関係であろうと、どんなに親しくなろうと、これだけは覆しようのない事実。

 そう、所詮自分は……



「ダーク、ただいま!」
 そう言って、同居人のリンクは嬉しそうにはにかんで帰ってきた。その表情と声で、今日は乱闘で勝てたということがすぐに分かった。
 今日の対戦相手は確かマルスだったか。最近来たアイクとかいう奴と恋仲になった奴だ。アイクとかいうのとは仲良くなれそうな気もするが、マルスとはどうも馬が会わない気がする。
 現にマルスの笑顔の前には、嘘も本音も見透かされているような気がして気味が悪くなる。見ていてどうもいけ好かない。
「今日は久々に勝てたよ! それに、姫様からお菓子を貰ってきたんだ」
 きらきらと目を輝かせて言うリンクの腕には、確かに紙袋が抱えられていた。この場所に姫という身分の者は二人居るが、リンクが「姫様」と呼ぶのは一人だけだ。
 自分達と同じ世界の出身で、大衆を纏める王族という身分でありながら乱闘に参加している、ゼルダ姫だ。
 いや、乱闘に参加している王族は意外と多いから大して珍しくもないのだが。現にマルスも出身世界では一国の王子だと聞いている。
 ただ、ゼルダ姫の場合、ドレス姿で乱闘というのは正直戴けない。もう一人、ドレス姿で乱闘に出ている者も居ることは居るのだが。
「そうか……よかったな」
 そう言って、リンクの頭をそっと撫でてあげた。普段はそうすると嫌がるのだが、よほど嬉しかったのだろう。今日は満更でもない様子だ。確かここ最近、リンクはマルスに4連敗中だったらしい。なら、そこまで喜ぶのも頷ける。
「マルスの奴、悔しそうにしていたか?」
「んー、相変わらず笑ってたけど、ちょっと悔しそうだった」
 負けても笑顔のまま。とはそれはそれである種の才能のような気もするが、実にマルスらしい。マルスも5連勝に後1勝足りなかったとなれば、流石に悔しいだろうとは思う。
「そろそろ夕食だろ? ぼくは着替えるからこれ、しまっていてくれないかな?」
 リンクはそう言って、腕に抱えていた紙袋を渡してくる。中身が気になって紙袋を開けると、色とりどりの沢山の飴玉が入っていた。リンクはえへへ。と笑って。
「味も色々あって、みんな美味しいんだってさ」
 剣の鞘をつけたベルトを外して、リンクは言う。甘いものはそれなりに好きだ。流石に食べすぎると気持ち悪くなるが、適度な量ならよく食べる。それに、リンクもよく作ってくれるぶん、甘いものを口にすることは多かった。
 食器棚から底が深めの皿を取り出し、紙袋の中の飴玉を一掴み、その皿に入れる。飴玉を入れた皿をテーブルの上に置いて、その中の一つを摘み、包み紙を剥がして口に放り込む。
 口の中に甘い味が広がる。イチゴの味だ。飴玉にしては苺の酸味と甘味がよく再現されているな。と、少し感心した。
「お待たせ。じゃあ、行こうか」
 戦装束から普段着に着替えたリンクが、にっこりと微笑んだ。
「……ああ」
 飴玉をがり。と噛み砕いて、ダークは呟いた。








 今日は朝から体調が優れなかった。そのせいで、せっかくリンクが自分の為に乱闘の予定を入れておいてくれたのに、断ってしまった。
 どうしたのだろう。確かに季節の変わり目ではあるが、ここ数日は暖かい日が続いているし、自分でも体調を崩すようなことをした覚えはない。
 とりあえず、彼が帰ってきたらまず真っ先に謝ったほうがいいだろう。
 この寮内では暇潰しになるものはあまりない。せいぜい訓練場と、図書棟くらいだ。それでも、部屋に閉じこもっているよりずっとましだ。だから今こうして、自分はうろうろと当てもなく寮内をぶらついている。
 他の乱闘メンバーよりも暇を持て余していることが多いせいか、人よりこの無駄に広い寮内の構造は詳しいと自負している。いつもと同じように寮内をぶらつき、中庭に着いた。
 今日は曇り空だ。灰色の雲が空を覆っている。そろそろ戻ろうかと思ったところで、
「……あれ? ダークじゃないか」
 マルスに呼び止められた。そのマルスの後ろには、アイクが相変わらず無愛想な顔を浮かべて立っている。
「どうしたの? 今日は君も乱闘の予定があったはずじゃあ……」
「ああ。今日は、体調が優れなくて……」
 その言葉に、マルスは怪訝そうな顔をして、こう言った。
「……そうだね、ちょっと顔色が悪い。どうしたんだろうね? 君が体調を崩すなんて……」
「季節の変わり目だからじゃないのか?」
 アイクの問いに、マルスはうーん、と考え込んで、
「そう、かな。……自分の体調管理に気を使うべきなのに、よりによってダークが風邪を引くってのは、ちょっと考え難いな」
「……じゃあ、何だと言うんだ」
「それを言われると、ちょっと返答に困るなぁ」
 困ったようにマルスは笑って、そう言った。
「別にたいした事じゃない。2日3日すれば治る。……それで、お前らはどうして此処に?」
「ちょっと、図書棟に用があってね。読みたい本があるんだけど、アイクにも一緒に探してもらおうと思って」
「それはそれは、仲の睦まじいことで……」
 ダークが皮肉交じりの一言を放つと、マルスは相変わらず顔に微笑を浮かべて、どうしたしまして。と返してきた。やはりマルスには皮肉は通じない。
 唯単に笑顔で受け流しているのか、そもそもこれが皮肉とは気づけないのか。どちらだか分からないが、此処最近はどことなく、後者のような気がしなくもない。
「……そろそろ、リンクの乱闘が終わる時間じゃないのか?」
 アイクにそう言われて、中庭にあった時計で確認する。確かに、予定ではそろそろ乱闘終了の時刻だ。先に戻って、リンクに詫びなければ。
「そう、だな。じゃあ、おれはこれで……、っ!?」
 踵を返そうとした瞬間、突然全身に何か、電気のようなものが廻る感覚がして、倒れこんでしまった。手足の自由が利かない。
 マルスが小さな悲鳴を上げて、アイクと共に自分に駆け寄ってくる。
「ダーク!? どうしたの!?」
「マルス、ドクターマリオを呼んで来い! 俺はこいつを医務室に連れて行く!」
 アイクがそう叫んで、自分の体をひょい、と抱きかかえた。うろたえていたマルスだが、こくりと頷いて、医務室のほうへと走っていった。
 すまない。と言おうとしたが、口が上手く動かない。最早意識を保っていられるかどうかも怪しい。ゆっくり、ゆっくりと視界がぼやけてゆき、自分の名前を呼ぶアイクの声が遠くなる。
 この症状には、覚えがある。かつての仲間に同じ症状が現れた者が居た。
 だから、自分には分かる。この症状が現れた以上、この先自分がどんな運命を辿るのか分かる。
「(そう、か……)」
 そっと瞼を閉じつつ、自分の運命を悟った。

 所詮はかの人の模造品でしかない自分の、運命を。



「おや、やっと起きたようだね」
 目覚めた時、自分は医務室のベッドの上に居た。ドクターマリオとマルスが、自分の顔を覗き込んでいる。その顔には安堵の表情が浮かんでいた。
「よかった……一時はどうなることかと思ったよ……!」
 泣きそうな顔をしてはいるが、相変わらずマルスは微笑んでいた。
 そういえば、自分は確か中庭で倒れて、そのまま意識を失ったのだ。そこをアイクが医務室に運んでくれて、マルスがドクターマリオを呼んでくれたのだろう。窓の外を見た。天気が曇り空から雨に変わっている。
「……起きたばかりで悪いが、意識を失っている間に色々検査をしたんだが、どんな病にも君の症状が一致しないんだ。君の症状に何か、思い当たることはあるかい? 例えば君の出身世界。ハイラル特有の病とか……」
 思い当たることは確かにある。しかし、確かな核心ではない。――もしかしたら、そうではない確立が1%でもあるかもしれないのだ。
 自分の為に、かの人の為に。そうではない方であって欲しいと思う。絶望的な確立であると知りつつも。
「……ガノンドロフを呼んで来てくれ」
「ガノンドロフ……? ガノンドロフなら、君の病が分かるのかい?」
 ダークはああ、と頷いて、
「あいつなら、おれの病が分かる」
 各メンバーの乱闘予定表を見て、ドクターマリオは考え込むと、少し離れたところで椅子に座っていたアイクとマルスの方を向いた。
「今は予定は無いようだね。……じゃあ、悪いけどアイク、マルス。ガノンドロフを呼んで来てくれないか?」
「わかりました。すぐに呼んできます」
「わかった。……で、ダーク」
「……?」
「リンクに会った場合、お前の事を言うべきか?」
 アイクの問いに、ダークは押し黙る。確かな確証は無い。ガノンドロフが来るまで、はっきりとしたことはわからない。でも、多分そうだろう。「それ」でないのならば、一体なんなのだと言うのだ。
 ダークは唇を噛締めて、シーツを強く握り締めた。
「……言わないでくれないか」
 マルスは兎も角アイクも聡い人間だ。二人とも自分の思いを察してくれたのだろう。互いの目を見合わせ、こくりと頷いて、
「……わかった。すぐに呼んでくるから待っていろ」
 そう言うと二人は踵を返し、医務室を出て行った。二人分の足音が遠くなったとき、ダークはやっと重たい唇を開いて、
「ああ。……すまない」
 そう、小さく呟いた。
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