「いつかは来るとは思っていたが、来るべき日が来ると、こんなにも恐ろしく感じられる。他でもない、お前の仲間達もそうだった」
 二人が意外と早くガノンドロフを連れてきて、ダークの額に指を当て、一番初めに呟いた言葉が、これだった。
 まるで、絶望への答え合わせだ。と、心の中で思う。その答えあわせの結果、自分の考えた答えと、真実は的中。
「それはわかってた。けれど意外と早かったな。……もうどうにもならないんだろ?」
 ダークの問いに、ガノンドロフは重々しく頷いて、
「お前は一度死んだ身。死ぬ前の記憶を保ち、今こうして生きていること自体殆ど奇跡のような確立だった。……いつこんな日が来ても、全くおかしくない」
「そう、か……」
 やはり、無理だったか。わずかでも希望があれば、彼の為に賭けてみようと思っていたが、賭けるだけの希望もありはしないとは。
「どういう事ですか……?」
 ドクターマリオとマルス、アイクの3人が傍でその掛け合いを見ていたが、マルスが、椅子から立ち上がってそう問いかけた。
「おれがリンクの影。……いや、複製品だというのは、お前らも知っているだろう?」
「ああ……リンクから聞いている」
「おれは、ガノンドロフの魔力で作られたんだよ。つまりおれは人じゃない。おれにとっての魔力は、おれの寿命だ」
「その……魔力が尽きたら……どうなるの?」
 恐る恐るマルスがそう問いかける。ダークはふっ。と小さく笑った。そんなダークの代わりにガノンドロフが、
「魔力が尽きるということはこいつにとっての死だ。いや、消えるといった方が正しいな。魔力がこいつの体内を構築している。魔力が尽きれば当然消えるだろう。……それこそ跡形もなく、な」
「そんな……それじゃあリンクは、一体どうなるんですか!」
 マルスは悲痛な声を上げて、ガノンドロフに駆け寄り、何か彼を救う方法は無いのかと、問い詰めるが。ガノンドロフは首を横に振るばかりだ。
 自分でも知っている。もうこうなってしまった以上は如何にもならないことなど、とうの昔に分かっていた。
「皆、頼む。……このこと、リンクには黙ってくれないか?」
「ダーク……」
「あいつが悲しむぞ。……平気なのか?」
「平気だ。だから……頼む。リンクにも、誰にも言わないでくれ」
 マルスと違い落ち着いているアイクの問いに、ダークは俯き、唇をかみ締め、そう答えた。
 それ以上、誰も何も言わなかった。ダークのこの運命を哀れんでいるのか、一人取り残されるリンクを哀れんでいるのか、或いはその両方かはわからない。けれど、自分達を哀れんでいることだけは手に取るようにわかる。
「……あと何日もつかはわかるか?」
「もって2週間といったところだな……」
 もって2週間。その言葉が、自分の胸に深く突き刺さる。リンクに一度命を奪われ、再開を果たすまでの長い時間も、リンクと過ごした日々も、あとたった数週間で全て、消えてなくなる。
 勿論分かってはいた。所詮自分は模造品。いつかこんな日が来るであろうことも、十分理解していた。
 しかし実際にその時が来ると中々腑に落ちない。昨日まで彼と同じように過ごしていた。それなのに、あと数週間で自分は消える。この場所から跡形も無く。何一つ残さずに。
「わかった。……それじゃあ、おれは部屋に戻る」
 そう言って、ベッドから降りようとしたが、ドクターマリオがそれを止めてきた。
「駄目だ。また意識を失うような発作起きた場合、どうするんだね?」
「この発作は一度起きたらもう起きないはずだ。多少の眩暈等はあるらしいが、気を失うとまではいかない。多分平気だ」
 だから、早く部屋に戻してくれ。とダークが言うと、ドクターマリオはしぶしぶそれを認めてくれた。
 医務室を出る前に一度振り返り、マルスとアイク、ドクターマリオにすまない。と詫びた。3人には、これを隠し通すのはきっと悲しいだろう。
「ダーク」
 ドアノブに手をかけようとした時、マルスに呼び止められた。
「……いつかは、リンクに言う?」
「言うべき時になったら、言うつもりだ。……でも、今は黙っていてくれ。頼む」
「言うべき時っていつなんだ!」
 行き成りマルスが怒鳴りだした。マルスの怒号は医務室中に響き渡り、他の3人も酷く驚いている様子だった。勿論、ダークも例外ではない。
「ほんの少しでいい。リンクの気持ちも考えてあげよう? 大好きな人が行き成り消えてしまう。こんなに恐ろしいこと他には無いよ。僕はね……アイクが消えたら、凄く悲しい」
「マルス……」
「君とリンクの立場が逆だったとする。……悲しいでしょう? まるで自分がリンクに信用されて無いみたいでしょう? 悲しませたくない。そう思っているのは分かる。……でも、打ち明けてくれないのは、もっと悲しい」
 確かに、マルスの言うとおりだ。
 この事をリンクに打ち明けたら、心配するだろう。泣き出すだろう。以前泣いた時に、ダークに「困るでしょ?」と、更に泣いたことだってある。
 心配させたくない。泣かせたくない。――けれど、マルスの言うとおり、ずっと黙っているのも駄目だ。じゃあ、どうすればいいのか。
「ダーク。リンクにこの事を打ち明けるって、約束しよう?」
 マルスがそう言い、指切りをしよう。と呟いて、小指を出した。
 子供みたいだ。と一瞬思ったが、その約束の内容は決して笑い事では済まされはしないものだ。
 ダークは小指を出そうとしたが、僅かに躊躇った。自分には約束を守れるだけの自信がない。まだ自分は迷い続けているのだ。
 そんな迷い続けるダークを見て、マルスは強引にダークの腕を掴み、指切りをする。
「……約束だよ?」
「ああ。……わかったよ」
 ダークはそう言って、医務室を後にした。



「遅かったね……何かあったの?」
 部屋に戻った時、既に戦装束から普段着に着替え終えたリンクは、ダークを待っていたようだった。その手には読みかけの本が握られている。
「図書棟で、アイクと一緒にマルスの探し物の本を探してた。……そうしたら、いつの間にかこんな時間になってた」
 ダークのその言葉に、リンクは一瞬何か考え込んだようだが、すぐに顔に微笑を戻して、大変だったでしょ? と言う。
「お腹、すいたね」
「……ああ」
「今日は食堂じゃなくて、ぼくが作るよ。……それより、ダーク」
 リンクの言葉に、一瞬自分の秘密が知られてしまったのかと思い、肩がびく。となる。
「……君はぼくを、信じてる?」
 わけが分からない。という風に、いや、本当にリンクが何を言いたいのかさっぱりだったのだが、ダークが首を傾げると、リンクは続けて、
「ぼくは君を信じてるよ。だから、ぼくは君に絶対に裏切られない」
「……どうしてそんな事が言えるんだ? 裏切られない確証なんかないだろ?」
「だって……もし裏切られても、ぼくにはそれがわからない。だから、裏切られることなんてない」
 随分と健気な奴だ。とダークは思った。別に恋人を一途に思い続けることは悪いことではないだろう。ただ、その一途さで誰かに騙されはしないのだろうか。もしかしたらそれすらも気付けないのかもしれない。それだけ一途ならば、十分有り得る。
 信じているから、裏切られてもそれが分からない。その言葉はダークの心に突き刺さった。やはり、これだけダークに一途な分、黙り続けるというのは随分と胸が痛む。
 言うべきか、黙り続けるべきか。マルスと約束はしても、やはり未だ悩み続けている。
 無理もない話だ。恋人に、自分の命は後数週間で終わってしまうなど、そう軽々と言えるものではない。
 言ったら悲しませるだろう。離れたくないと泣き出すだろう。
 でも、言わなかったとしたら? それでも泣き出すだろう。結局、どちらの選択肢を選んだとしても、彼の涙を見なければならない運命にあるのだろう。
 じゃあ、どちらも同じように彼の涙を見なければならないのなら、どちらを選べばいいのだろう。
 結局選択肢は二つしかない。選択肢の内容が変わったり、選択肢の数が増えたり減ったりする。そんなことはありえないのだ。話すか、話さないか。選択肢はこれだけ。
 話すのはとても簡単なことだ。彼に向かって、彼に届くような声で、「自分の命はあと数週間で終わる」――そう、それだけでいいのだ。とても、とても簡単なこと。
 でも、そのとても簡単な、「それだけ」のことが出来ないから今こうして悩んでいる。
「(本当に……どうしたら?)」
 悩んだって構わないだろう。でも、時間は限られている。
 それに、悩み続けて時間が経てば、自分は自動的に彼には話さないという選択肢をとったことになる。
 自分に残された時間はあと僅か。そして、選択肢を選べるだけの時間はもっと短い。――早く、決めなければならない。
「ダーク……?」
 ずっと黙り込んでいたダークを怪訝に思ったのか、リンクが首をかしげ、顔を近づけてきた。
「どうしたの?」
「いや……なんでも、ない」
 そう言ってダークは、帽子を取ったリンクの髪をくしゃくしゃと撫でた。

 消えるまで、あと僅か。








 おれが生まれた意味は一体なんだったっけ?
 ……覚えてない。いや、わからない。
 じゃあ、俺が生きている理由はなんだろう?
 ……これも、わからない。

 だったら何故作られた? 生まれた意味も生きている意味も無いなら作る必要なんてどこにも無いはずだ。

「君の名前はダーク。ぼくの複製品なんかじゃない。君は、一人の人間だよ」
「もし裏切られても、ぼくにはそれがわからない。だからね、裏切られることなんてない」

 ――ああ、そうだ。
 生まれた意味も生きている理由も分からない。そんなおれでも、お前はおれを見捨てなかった。
 おれがお前に剣を向けた時だって、お前はおれが裏切ったなんて微塵も思っていなかった。

 どんな時でも……お前は、おれを……





 昨日はたっぷり寝たつもりだったのに、全く眠った気がしなかった。唯単に目を閉じていただけのような気がする。
 まぁ、無理もない話だ。昨日あんな事があったのに、ぐっすり眠れた方がむしろおかしいだろう。
「(……いつかは来るとは思っていたが、来るべき日が来ると、こんなにも恐ろしく感じられる、か」
 ガノンドロフの言葉が脳内を過ぎる。
 全くもってその通りだった。今はこんなに普通に暮らせるのに、後数週間も経てば、跡形も無く消えてしまう。
 自分と同じ模造品が消えた瞬間は今でも覚えている。まずは全身が透けて、最初に足が消える。どんどん下の方から消えていって、最終的には、光る塵となって消える。何も残すことなく。
 ――昨日が夢だったならどれだけ良かっただろうか。
 夢だったなら、彼が暇を持て余していた自分のために入れておいてくれた乱闘に参加するのだ。確かそれにはマルスも参加していた。勝って、あの気に食わないマルスを悔しがらせてやる。
 その後は彼が作ってくれた焼き菓子に舌鼓を打つのだ。自分が彼の癖を熟知しているように、彼も自分の好みを熟知している。彼の作る焼き菓子は絶品だ。
 それから二人で図書棟に行って、本を読みふける。この図書棟は恐ろしく広い。その為まだ足を踏み入れたことの無い場所だってある。そこに面白そうな本があるかもしれない。
「(それから、それから……)」
 そう思うと、急に目蓋の裏が熱くなってきた。やはり、心の奥底では自分のあまりに残酷な最期を嘆いていたのだろう。
 勿論分かっていた。受け入れたつもりではいた。自分が彼の模造品である以上、この日は必ず来るのだから。
 しかし、心のどこかにはやはりその事実を信じたくないと思っている自分がいる。
 当然だ。一度恋人に命を奪われ、それでもまた生を掴み、今までこうして幸せに生きられた。手放すのが惜しいと思っても全く不思議ではない。現に、いまこうして失いたくないと強く思っているのだから。
 隣のベッドに目をやると、彼が相変わらず規則正しい寝息を立てていた。時計の針は6時半をさしている。
 いつもは彼の方が先に起きるのに、今日は少し早く起きてしまったようだ。
 この寝顔を見ていられるのも、あと数週間だけ。ふと、そう思った。すると胸の辺りが痛み出して、目蓋の裏の熱が戻ってくる。
 ベッドから降りて、彼のベッドの端に座り、彼の金色の髪をそっと撫でる。自分の銀髪とは正反対の金色の髪は、さらさらと自分の指をすり抜ける。
 自分の指をすり抜ける彼の髪が、今もこうして自分の中から逃げ出していく魔力のように見えた。
 流れを止めようとしても、自分の指をすり抜けていく。そして、最後には……
「(やめよう……こんな考え)」
 そう思って、彼の髪を撫で続ける手を止めた。その時に、ゆっくりと彼が目を開けた。
「……ダーク、どうしたの?」
 寝ぼけ眼で微笑んで、彼が呟いた。消えるのが、お前と別れるのが怖くて、よく眠れなかったなんて言えるはずも無く、適当に相槌を打って誤魔化す。
 彼が呟いた自分の名前を聞いて、彼が名前の無い自分に名前をつけてくれた時を思い出した。
 「リンクの模造品」として作られた自分に当然名前なんて無かった。そんな自分を見かねた彼が、名前をつけてくれたのだ。自分を「リンクの模造品」とではなく、一人の人間として見る為に。
 周りからは、「ダークリンク」と呼ばれていた。だから、彼は「ダーク」と呼んでくれた。
 安易な名前だ。と笑ったところ、ならもっといい名前を考えてあげようかと聞かれたのだったか。
 そして自分はそれを断ったのだ。名前を付けてくれるだけでも十分嬉しかったから、それ以上を望むのなんて贅沢だと思って。
「ダーク、おはよう……」
 彼が自分の名前を呼ぶ。彼の優しさが心に沁みて、また目蓋の裏が熱くなる。自分は果たして、こんなに涙脆かっただろうか。
「……ああ、おはよう」
 彼の髪を掻き揚げて、額に唇を落とす。彼が嬉しそうにはにかんだので、思わず自分も嬉しくなった。

 この笑顔が見られるのも、後少しだけなのだと心の中で思い、胸を痛ませながら。
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