こんな自分でも愛してくれたのが嬉しかった。
 だから彼をずっと心から愛していこうと思った。この命が尽きるまで。

 抱きしめると嬉しそうに笑う顔が好きだった。
 だから好きなだけ抱きしめてあげようと思った。この命が尽きるまで。

 彼と一緒に暮らしていけることが幸せだった。
 だからいつまでも一緒に居てあげようと思った。この命が尽きるまで。



 ……この命が、尽きるまで。





「……神様、じゃないかな」
 少し困ったような笑みを浮かべて、マルスは言う。ダークはそんなマルスを見て呆れたように溜め息をつき、
「だとしたら、嫌な神様だな」
「そうだね。……そんな神様に祈るなんて、僕はごめんだ」
「でも、神様には勝てない」
 何かを半ば諦めたような声と表情でダークが呟く。マルスは悲しそうに溜め息をついて、
「……その通りだね。それより、リンクも君も肩の荷が一つ降りてリンクはわりと落ち着いたのに、君は随分悲しそうな顔だね。あと少ししかないのなら、笑って過ごそうとは思わない?」
 言われなくてもわかっている。あと僅かしかないこの命、今は何でもないように見えていてもそう遠くない内に跡形もなく消えてしまうのだ。だから、せめて表面上だけでも笑顔で居なくてはならないくらいわかっている。
 俯いたまま黙りこくってしまったダークの顔を覗き込んで、マルスは、
「当ててあげるよ。君が思っていること。……『リンクを悲しませてしまうのが嫌だ』でしょ?」
 図星だった。これで全てを打ち明けた。もう何も悩む必要なんかない。最後の日まで彼を愛して愛されて幸せに過ごせばいいのに、悩んでいる。その理由は酷く単純で、ただ、愛しさ故に彼を悲しませてしまうのが嫌だった。
 自分は死ぬ。こればかりは覆しようのない、神様が定めてしまった予定調和。悲しませないだなんてそんなこと絶対に出来るわけがないし、生きていても少なからず彼を悲しませることだってあっただろう。だから、悲しませるのが嫌だなんてそんな考え、振り切ってしまえばいいのだ。
 それに彼自身も言っていた。「悲しむことはあるかもしれないが、泣き出す証拠なんてどこにもない」と。
 泣き出すことは無くても、彼は消えたら悲しむかもしれない。もしかしたら泣くかもしれない。そう考えてしまうと、腑に落ちなくてどうしようもなく胸が痛む。
「図星……みたいだね」
 マルスの言葉に、ダークは静かにああ。と頷いて。
「……わかっている。悲しませずにいる方法なんてどこにもないって。ただ、どうしても考えてしまう」
「君の気持ちが別に分からないわけじゃない。……でも、後僅かで消えるのは君。リンクじゃない。だから、そういう気持ちを振り切って笑顔でいることは、リンクの為じゃなく、自分のためにもなると思う」
 心の中で、彼と出会えたことを喜ぶ自分と、出会えたことを、生まれてきたことを悔やむ自分がいて、それらが互いにせめぎあって対立している。こんなに言われても腑に落ちない自分がいたく馬鹿らしく思えてきた。
 そう思うと、不思議と笑い声が止まらなくなってくる。押し殺したような笑い声は次第に大きくなり、マルスの顔がどんどん強張っていく。
「馬鹿みたいだ……おれ」
「……え?」
「やっぱり出会わなければ……生まれてこなければ良かった。生まれてこなければリンクに迷惑をかけることはなかった。誰にも悲しまれずに済んだ。生まれてこなければ……」
 そこまで言いかけたところで、マルスの平手がダークの頬に飛んできて、子気味良い音を立てる。
 呆気に取られた表情でマルスを見ると、マルスは怒りをむき出しにした表情でダークを睨む。肩が怒りで僅かに震えていた。
「何故そんな勝手なことを言うんだ! ……その言葉が、どれだけリンクの心を抉ると思っている!?」
「……」
 口を動かそうとしても上手く動かなくて、言葉が出てこない。マルスは怒りがまだ収まらないのか、
「少なくとも僕はもうすぐアイクが消えるとしても、今までの事を考えれば幸せだよ。逆の立場でも同じだ。出会いたくなかったなんて思わない。生まれてこなければよかったなんてもってのほかだ!」
「マルス……」
 やっと怒りが収まったマルスは、怒りを剥き出しにした表情から一転して、悲しそうな表情になり、
「リンクだってきっと同じだよ。……君は少し、卑屈になりすぎている」
「……すまない」
 最早、謝ることしか出来なかった。謝って如何にかなる事でもないかもしれない。謝る事よりももっと相応しい言葉だって沢山あるはずだ。それでもダークには、ただ謝ることしかできなかった。
 マルスはそれに対し、しょうがない。といった具合に息をついて、
「……とにかく、心の底から出来ないのなら表面上だけでもいいんだ。僕は君に笑顔で居てほしい。……それがきっと、君のためにも、リンクのためにもなるから」
 そう言い残して踵を返し、さっさと唖然としているダークに見向きもせずに部屋から出て行った。
 引きとめようとは思わなかった。どんな言葉をかけて引き止めればいいのか分からないし、何より、マルスの言っていることは何もかもが事実で、自分の意見も反論も、謝罪すらも、茫漠とした頭には何一つ浮かびはしない。
 ただ一人、部屋に残されたダークは頬の痛みに顔を顰めつつ、頭の中で反響し続けるマルスの言葉の意味をしっかり、これ以上自分が卑屈にならないように、心に刻み付けていた。

 ――彼はまだ、帰ってこなかった。






「……壊れてる」
 椅子に背中を預け、銀色の懐中時計を眺めながら、マルスがぽつり。と小さく漏らした。同じく椅子に座っていたアイクが懐中時計を覗き込むと、確かに時計の針は動かずに止まったままだった。
「まいったな。姉上に貰った大事な時計なのに」
 困ったように笑いながらマルスが言った。いかにも高そうなその時計にはアリティアの国章とマルスの名前が掘られていて、王族のマルスが持つに相応しそうな輝きを針が動かなくなっても尚、放っている。
 一体どれくらいの価値があるのか、想像するのは容易な位高価に見える。きっとこれを売ればアイクの傭兵団でも一ヶ月ほど何もしなくても暮らせる程の価値があるだろう。
「直せそうか?」
「うん、どうにか。スネークさんやフォックス辺りに頼めば直せそうだ。それまでの我慢だね」
 アイクの問いにマルスは懐中時計の螺子をいじりながら答える。そして困ったように笑って、窓から差し込む日の光を反射して輝く懐中時計をポケットの中にしまった。
「これが、僕らの……彼の……命か」
「……どうした?」
 突然、うっすら微笑みながらマルスが妙なことを口にしたので、アイクは怪訝そうに首を傾げた。するとまたマルスは微笑みながら、
「ううん。僕の命も、アイクの命も……ダークの命も、いつか飴玉みたいに溶けてなくなったり、時計みたいに止まって動かなくなっちゃったり……するんだよね」
「……あいつの、ことか」
「……うん。魔物にも、人間にも、永遠は存在しない。永遠の在処を知るのは神様だけだから。飴玉のように溶けるか時計のように止まるか、若干の違いはあれど、皆いつか終わる」
 窓の外を飛ぶ鳥を見つめながら、マルスは静かに語っていた。横目に見る、自分達の天命について語り続けているマルスはどこか違う世界の神様のようで、自分達の寿命を決めたのは今目の前に居るこの人ではないのかと疑いたくなるほど、神々しい姿をしていた。
「……そんなことわかっていた。だけどあれだけ偉そうにリンクを説得して、ダークに怒鳴って、しかも殴っておきながら、僕は納得することが出来ない。最低だ」
「俺だって……あれだけで納得がいくわけがない。……皆そうだろう」
「そうだね。……でも、僕らだけでも理解しなければ。理解して、納得して、最後まで……さいご、まで……」
 そこまで言いかけたところで、マルスが静かに顔を伏せた。そっとマルスの肩を抱くと、ごめんなさい。と小さく呟く声がして、胸をきゅっと締め付けられる感覚がした。
「この時計だけでなく、この世界の時間も止めてください。お願いします。かみさま……」





 ――翌日の朝に、またシーツと自分の服の一部分が僅かに湿っていた。昨日は一昨日に比べればそれほど暑くはなかったはず。自分はこれほど汗っかきだっただろうか。
 そんなことはない、自分はこんなに汗っかきではなかった。むしろ汗なんて全くかかない。じゃあ、魔力が解離をしているせいなのだろうか。
 確かに、魔力が解離するせいでたまに体調に変化が現れることもあるらしいのだが、こんな症状ではないはず。では、一体何なのだろうか。
「(……?)」
「……体調でも悪い?」
 後ろに立っていたリンクが、心配そうな表情でダークの顔を覗き込んでいる。熱でもあるのかな。と呟きながら自分の額とダークの額を合わせてくる。
「……大丈夫だ」
「一応、ガノンドロフに診てもらったほうが……」
「あいつに診てもらっても何も無いさ。……せいぜいおれが後何日もつか教えてくれるぐらいだ」
 その言葉に、リンクは少し悲しそうな顔で笑って、
「だったら、いいか。……ご飯、出来てるよ。一緒に食べよう?」



「暇……だね」
「そうだな」
 ジャムを塗ったクロワッサンを一口大にちぎって口に運びながら、リンクがぽつりと溢した。それに対しダークもカフェオレを口にしながらその言葉に頷く。
 元々ここは乱闘の為に作られた施設なのだ。それ以外にも娯楽はあることはあるのだが、やはり少ない。
 現在二人はマスターハンドの配慮から、乱闘の予定を全て外されている。戦うためにここにいるというのに、乱闘の予定が何一つ無いのなら、暇になってしまうのもある意味当然だといえるだろう。
 二人とも話すことが無いのかすっかり黙りこくってしまう。ダークも話したいことはあるはずなのに、全く口から出て来ない。消えるまでの間に言っておかなければならないことは、沢山あるはずなのに。
 話したいはずなのに、消えてしまったら何も伝えられないのに、話すことが出来ない。そんな自分が酷くもどかしい。
「ぷー!」
 そんな沈黙を打ち破るかのように、ベランダに続く窓をばんばんと叩く音がした。
 慌ててリンクがレースのカーテンを開けると、プリンが外から窓ガラスを叩いていた。
「プリン……どうしたの?」
 リンクがふわふわと浮き続けながら、尚も窓ガラスを叩き続けるプリンを抱きとめると、プリンはぷー、と鳴きながら中庭の方を指差す。
「……どうした、中庭か?」
 ダークがベランダから中庭を覗くと、アイクとピカチュウ、カービィが立っていた。ピカチュウとカービィはこっちに小さな手を振っているが、アイクはその後ろで少し申し訳なさそうな顔をし、腕を組んで立っている。
「中庭に来い。……ってことか?」
「そう、みたいだね……」
 腕の中で相変わらずぷー。と鳴き続けるプリンを腕に抱きながら、リンクが呟く。 どうせ二人とも何もすることはない。それにこのまま黙りこくったままの状態も辛い。だったら、アイク達の居る中庭に行った方がいくらかましだろう。
「行くか。……ここに居たって、どうせすることもない」
 ダークがそう言い、踵を返して部屋を出ようとする。リンクもプリンを抱いたまま、こくりと頷き、ダークの後を追っていった。



「すまない。こいつらがお前らと遊びたいと言うから……」
 中庭の噴水に腰掛けているアイクが、そう言って、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
 中庭に来るなり、プリン達3匹はリンクを花畑のほうへ連れて行った。相変わらずダークは蚊帳の外だったが、そんなことはもう慣れている。別に寂しいだとかそんなことは、今更感じない。
 リンクはリンクで、プリン達に引っ張られる時に目で「ごめんね」と言っていた。単に自分の協調性がないだけで、リンクが謝る必要などないのだというのに。
 しかし今ではリンクはプリン達に囲まれて、得意の草笛を披露している。聞き慣れた草笛の音色が辺りに響き渡る。
「別にいいさ。……どうせ部屋にいたって何もなかったし」
 小さくため息を吐いて、ダークは呟く。
「そうか」
「それより、お前も大変じゃないのか? あんなのに毎日絡まれているなんて、おれからして見ればたまったもんじゃないな」
「もう慣れたな。……それより」
「……?」
「マルスが言っていた。あんたは少し……卑屈過ぎるって」
 アイクの言葉に驚いて、思わず顔が強張る。
 いや、よくよく考えたら別に驚くほどのことではない。マルスとアイクは同室だ。マルスが自分達のことについてアイクに相談するのも、別に不自然ではないだろう。
「相当、悩んでいたらしいな」
「生い立ちが生い立ちだから、な……。それを盾にして逃げるつもりじゃないけれど」
「別に悩んでもいい。人はそういう生き物だ。……ただ、あんたが今何をすべきか考えた上で悩め」
 アイクの言葉に、ダークははっ。と自嘲気味に笑って、
「……おれは人間じゃなくて模造品。しかも魔物だぞ?」
 そう。自分は人間じゃない。いくらリンクを愛して愛されようと。他の人間と何ら変わりないように接されていても、自分はリンクの模造品で魔物。これは変わりようの無い事実。
 しかしアイクはそんなこと大したことではない。と言わんばかりに、
「それでも、俺に切りかかることなくこうして話しているだろう。……なら、俺にしてみればあんたは立派な人間以外の何者でもない」
「お前らしい考えだな。……おれがするべきこと、か」
 空を仰いで、考えているふりをしてみた。今自分がするべき事など考えなくても、言われなくてもわかっている。
「わかるんだろう」
「……わかるよ」
「ならすればいい。あんたがするべきだと思うことを」
 わかるならすればいい。それは酷く、酷く簡単なこと。そして、そのするべきことを自分はしているつもりだ。……それでも、どこか足りないような気がするのは何故なのか。
「だったら、もう俺から言うことは無い」
 そう言って、アイクは立ち上がって、ダークに背を向ける。その背中が、酷く逞しく見えた。マルスを支えていくのには十分過ぎるような、頼もしい背中。
 それを自分の背中と思わず比べてしまいそうになり、卑屈になっている自分自身を咎めた。
 その後、何かを思い出したようにアイクは振り向いて、
「あんたとは仲良くなれそうだって、前から思っていた。……いつか、本気で戦ってみたかった」
 それに対し、ダークは小さく笑って、

「奇遇だな。……おれも同じことを思ってたよ」
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