「……結ばれたかったよ」

 眩い光の中からダークの声が聞こえた。光がどんどん引いていく。消えないでくれ、消えないでくれと願っても、誰もその願いを聞き入れてくれるはずも無く、引いて行く光の中にダークの姿は見えない。
「神様には勝てない。かぁ……」
 愕然とした表情で、ぼくは地面に膝をつく。ついさっきまでそこにはダークが居たはずなのに、今は何処を見てもその姿は見えない。今この体にはダークの冷たい手の感覚が確かに残っているのに、今はどこを見てもその姿はどこにもない。
 世界の色が、奪われたような気がした。おかしいな、ダークの服も髪も瞳も、大して目を引くような色じゃなかったはずなのに、どうしてダークを失ってしまったら、世界の色がこんなにもつまらないと思えてしまうのだろう。
 そんな中で、こつん。という音があたりに響き渡った。目の前に飴玉がひとつ、落ちていた。ぼくは震える手でその飴玉を拾い上げる。
 赤色の紙でつつまれた飴玉をじっと見つめる。昨日ダークが飴玉をひとつ、ぼくにくれてそれをそのままポケットに入れていたのを思い出して、これまた震える手でポケットの中の、青色の紙でつつまれた、溶けかかった飴玉を取り出す。
 赤と青の二つの飴玉を並べ、眺めると、初めてダークに出会ったときから、ダークが消えてしまった瞬間までの、沢山の思い出が頭の中にどっと流れ込んできて、碧眼からぼろぼろと涙がこぼれた。
 確かに、確かに昨日の夜、ぼくはダークに強くならなくていいとは言われたものの、今日一日ぐらいは強くありたかった。でもそれは結局出来なかった。ぼくは今、飴玉を包む青い紙と同じ色の瞳から、ぼろぼろ涙をこぼして泣いている。
「ぼくの……せいだ」
 手で顔を覆い、嗚咽をこぼしてぼくは泣き始める。その際に、二つの飴玉が地面に落ちてしまう。
「ぼくなら救ってあげられた……なのにぼくは……」
 自分なら救ってあげられた。なのに自分はそのまま剣を向けた。忘れもしない。忘れられない。忘れるつもりもない。水の神殿でダークと相対した時に。
 あのとき、恐ろしいほどの無表情で自分に剣を向けてきたダークを、そのまま剣を抜いて立ち向かったのだ。
 ダークだって望んで自分に襲い掛かってきたわけじゃないだろう。そんなことわかっていた。それでも自分は世界とダークを天秤にかけた後、世界を取って剣を抜いた。
 別に間違った選択ではなかったはずだ。むしろそれが一番正しい選択だったんだ。それは自分自身がよく知っている。それに皆が、世界がそれを証明してくれた。なのに湧き出してくるのは後悔ばかり。間違った選択肢を選んでなんかいないのに。正しい選択肢を選んだのに。
「救えなかった……救えたのに救えなかった……!」
 あの時自分が剣を向けなければ、ダークは今この瞬間も生きていたかもしれない。
 向けられた剣なんて、気にしなければ良かったのかもしれない。自分の宿命なんて捨てて居ればよかったのかもしれない。全ては、自分も剣を抜いたからなのだ。でもそうしてしまえば世界は救えない。じゃあ、ぼくはどうすればよかったんだ?
「……ダーク」
 嗚咽交じりにそう呟く。
 その瞬間、目の前が光につつまれた。ついさっきダークを連れ去った憎い光と同じ、光が。
 あっけに取られて、その光から目をそらすことが出来ない。どうしてだろう。もうダークは完全に消えちゃったはずなのに、どうして目の前にあの光がまたあるんだろう。
 目の前の光はどんどん大きくなっていくと同時に、さっきまでここに居たはずの人の形を作り出す。
 すごく眩しい。でも、目はそらせなかった。だってもしかしたら、その光の中にダークがまたいるかもしれないから。
 次第に光は引いていく、光の中から、黒い服がちらりと見えた。銀色の髪が見えた。血色の悪い肌が見えた。赤い瞳が見えた。その光の中にダークは、いるんだ。
 光が完全に消え去ったとき、そこにはまたダークの姿があった。光の中に消えたと思ったら、また光の中から現れたダークは、目の前でぽろぽろ涙を流しているぼくの姿を見て、驚きのあまり呆然としていた。
「ダーク? ……どうして?」
「おれは、確かに消えたはずなのに……」
 ダーク自身もどうして自分がまた生き返ったのか理解していないらしく、暫く唖然とした表情で互いを見つめる。ぼくも、驚きのあまり涙がぴたりと止まってしまった。
「間に合ったか……!」
 ぼくの後ろから声がして、振り返るとそこにはやつれた顔のガノンドロフの姿があった。
「ガノンドロフ! 確かにおれは消えたはずなのに……どうして……」
「古の魔術だ。あの姫様も、ワシすら知らなかったものだ。乖離する魔力を食い止め、記憶も身体もそのままに新しい魔力を吹き込む術だ。……貸しを作ったな。勇者」
「おれがまた生き返った……? 本当に? 夢じゃ……ないのか?」
 ガノンドロフの言葉に、二人とも顔を見合わせる。ダークが生きてる。まだ、生きていられる。ぼくと一緒に居られるんだ。
 ダークの目を見る、驚いていたけれど、ぼくの目を見て、ふっと笑ってくれた。それを見て嬉しさがどっと湧き出してきて、今度は違う意味で泣きそうになってしまう。
「ねぇ。これは夢じゃないよね? ……君は、夢なんかじゃないんだよね?」
 一度泣いてしまったら今度は中々泣き止まなくなってしまいそうだから、必死に涙を流すまいと、堪え続けている中で、涙をこらえているせいで震えている声で、ダークに問いかけてみる。ダークはやんわりと笑って、
「ああ、夢なんかじゃない。おれはここに居る。生きている。お前に……触れられる。お前こそ、夢なんかじゃないよな? 死んだおれの見ている、夢じゃないんだよな?」
 互いの手を、消える前の時のように合わせる。その感触も手の冷たさも、きっと夢じゃないんだ。
 そしてさっきのように、ダークの手の平越しにダークの顔は見えなかった。とても当たり前のことのはずなのに、その当たり前のことがとても嬉しくて、泣いてはいけないとわかっているはずなのに、碧眼から一粒だけ涙が零れた。
 世界が色付く。色付いた世界をこの目に焼き付けておきたいのに、どうしてだろう。世界がぼやけてよく見えない。

「ぼくもここに居る。生きてる。君にさわれる……夢じゃ、ない」



「まさかガノンドロフが、おれ達を助けてくれるなんてな……」
 その夜、昨夜と同じように二人でベランダに立って、ダークは困ったように笑いながらそう言った。
 あれから自分の身体も気分も驚くほど快調で、念のためとドクターマリオのところにも言ったのだが、どこにも異常などなくて、ドクターマリオに驚かれた。
 それにいくら頬をつねってみても痛みしか感じず、どうやらこれは夢ではなく本当に現実らしい。
「ぼく、ガノンドロフに大きな貸しを作っちゃったね。どうすれば貸しを返せるかな」
「次はガノンドロフの野望を阻止しないとかか?」
 冗談交じりにダークがそう言う。さすがにそれは嫌だよとリンクが笑いながら言ってきたので、だろうな、とダークもくすりと笑いながらそう返した。
「でもね。ぼく、ガノンドロフが助けてくれそうな気がしてた」
「どうしてだ? あの魔術のことを……知っていたのか?」
「前にね、図書棟にやつれた顔のガノンドロフが居て、何しているのか聞いたら、魔術の調べ物だって言われて。ダークのことだとは言ってくれなかったけど、ガノンドロフがダークをなんとかしようしてるんじゃないかな。って思ってた。……思ってたというよりは、縋ってた感じかな。だから、きみには言わなかったけど」
 だから大して驚かないわけだ。成る程。とダークは心の中で納得した。それだけじゃないよ。とリンクは付け加えて、
「君は前に、図書棟に行っていたって嘘をついただろう?」
「それは……その」
 確かガノンドロフにもうすぐ消えてしまうと宣告された日のことだ。医務室に行っていたといえば怪しまれるので、図書棟に行っていたと嘘をついたのだ。
 まさか、嘘だとばれていたとは。どうしてわかってしまったのかと思っていたら、リンクがくすくすと笑って、
「その日、ぼくも図書棟に居たんだよ。あの日は昼過ぎから雨が振っただろ? 雨の日に図書棟に入ったら足跡が残るのに、君の姿どころか、君が入った跡なんてなかった」
 確かにそうだ。あの日は雨が降っていた。中庭は雨が降るとぬかるんで靴が汚れる。そんな靴で中庭を通って、離れの図書棟に入ろうものなら、床には足跡が残るだろう。図書棟は薄暗いし、足跡を作ってしまったらその日は消えないはずだ。雨が止まないのなら、尚更。
「……言ってくれれば良かったのに」
 嘘が始めからばれているとは思わず、悔しくてダークは銀髪を掻き毟る。
「なんとなく、怖くて聞けなかった」
「実際に怖い答えだしな」
 そう言って、二人で笑いあう。朝のことなんて全て帳消しにするように。
「それに、君のことを疑いたくなかった。信じていたかったから」
「お前……おれのこと信じるって、言ってたからか……」
「うん。君のこと、皆のこと、信じてよかった」
 そう言って、リンクがポケットの中から二つの飴玉を取り出した。赤と青の小さな飴玉。ダークが昨日花と一緒に渡したものと、ポケットにしまっていた飴玉だった。リンクは、赤いほうの飴玉をダークに渡してきた。
 リンクから渡された、自分の瞳の色と同じ包み紙の飴玉を握り締める。飴玉は相変わらず少し溶けていた。溶けない飴玉はない。今はこうして生き返っても、いずれはまた消える。それでもまた彼と一緒にこの時を歩めるのなら、これほど嬉しいことはない。欠陥品の模造品は、最高の幸せを手に入れることができた。欠陥品だから。――そうでなければ得られなかった。

 彼はもうひとつの飴玉の包みを解いて口の中に放り込む。飴玉を食べた君が、笑った。
「ぼくは君を……信じたよ」
 そう言って彼は、微笑んだ。
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