不満げに溜め息をついて、横に座るダークを見やる。
 先ほどダークを見たときと、全く変わっていない。彼が微動だにしないせいだ。さっきと同じようにソファーに行儀よく座ったまま、さっきと同じようにどこか遠くを見ている。
 一方こっちはというと、ソファーの背もたれに体を預けている時もあれば、ある時はダークと同じように姿勢を正して座ってみたり、またある時は足や手を組んでみたりと、そこそこ姿勢を変えるべく動いている。でもずっとソファーに座っていれば、こうしてたまに姿勢を変えようと動くほうが自然なはず。むしろ、ソファーに腰掛けたまま十分以上微動だにしないダークの方がおかしいんじゃないだろうか。
 言っておくがぼくは決して落ち着きの無い人間、というわけではない。ちゃんと大人しくしていることくらいできる。隣に座っているのがダークだからいけないのだ。ダークが座ったまま微動だにしないから、こっちが姿勢を変えようと少し動いただけでも、なんだかぼくが落ち着きの無い奴みたいで居心地が悪い。
 ……それ以上に、ダークに言いたいことがあった。
「ねえ」
「なんだ」
 ダークが首だけ動かしてこっちを見る。
 予想はついていたけど、本当に何もわかっていないようだった。
「……なんでもない」
 こうして並んでソファーに座っているんだから、構ってくれたっていいじゃないか。
 そんなことを面と向かって言えるわけがないので、ぷいとそっぽを向いてしまう。――多分、勝手にぼくに声をかけられて、その上なんでもないとそっぽを向かれたせいで、きっと今ダークはわけがわからない、という顔をしているだろう。
「ほんとに何もわかんない?」
「何かあるなら言えばいいだろ」
「はあ……もういいや」
「……?」
 相変わらずこっちが何を思っているかわからないようで、ダークの溜め息が聞こえてきた。勝手にダークに期待を寄せて、その期待を裏切られて、勝手に呆れている。ダークからしてみればたまったものじゃないだろう。
 そもそも相手がダークに限らず、口にしたって伝わらないこともあるというのに、少しダークのほうを見ただけで、こっちが何を考えているかわかって欲しい、というのも酷かもしれないとは思っている。
 それに何せ相手はあのダークだ。あの鈍くて、どこか抜けてるダーク。
 もし相手が人間だったら、そんな鈍い性格になってしまったことに、文句を言うことだってできるだろう。しかし魔物相手じゃそうもいかない。こっちが文句を言ったところでどうせ、人間じゃないおれを人間のものさしで測るな。――なんてことを言われるのがおちだ。
「おれに言いたいことでもあるのか」
「……なんだよ」
 耳が衣擦れの音と、ソファーのスプリングが軋む音を捉えてすぐに、
「お前は何か言いたいことがあると、そうやっておれに声をかけておきながら、何故かそっぽを向く」
 ダークがこっちに体を寄せてくる。どうもこっちの表情を伺おうと顔をめいいっぱい近づけてきているようで、耳元でそう囁かれた。声に混じって耳に当たる吐息と、さっきまでなかったはずのダークの低い体温に、思わずどきりとしてしまった。
 不意打ちなんて、ずるい。
 そう言おうとしたが、どうせあっちはぼくがどう思っているなんてわかってない。ダークの方を向いてやろうかとも思ったが、さっきの不意打ちのせいで赤くなった顔を見られるのは癪だから、しばらくはこうしてそっぽを向いたままにすることに決めた。
「じゃあなんで今まで何も言わなかったのさ?」
「今気付いたことだからだ」
「……あっそ」
 実にダークらしい。どうせ何も考えていないだろうと思っていたので、遅くてもちゃんと気付いてくれたのは少し意外だったが。
「どうした。何か言いたいことがあるんだろ」
「あるには、あるけど」
「じゃあ早く言えばいい」
 言いたかったことは、こうしてダークが体を寄せてくれたことで、殆ど叶っているようなものだ。
 今更ダークに言いたいことなんて、ほとんどない。……ただ、
「……もっとこっちに、来て」
 そう言って、ダークの服のすそを軽く引っ張る。
 少しの間だけ黙りこくった後、ダークは一度腰を上げて、さっきよりもぼくに近い場所に腰を落とした。
 触れている面積が、もっと増えてしまった。ともすれば心臓の鼓動がダークに届いてしまいそうなほど近い距離だが、そうしろと言ったのはぼくなので、文句を言ったりはしない。
「これでいいのか?」
「ん」
 ダークの問いに、上手く答えることが出来ず、結局生返事になってしまった。
 不可解だ。といった感じでダークが首をかしげているのがわかる。
「……こうして何になるんだ? お前が何を考えているかわからない」
「知らなくていいよ……知られたら、恥ずかしいし」






 だらん、とダークの肩にもたれ掛かった。
 一瞬ダークが眉を顰め、何か言いたげに口を開いたが、結局何も言ってこなかったので、それならと言わんばかりにさらに体重を預けてみる。
「おい」
 溜め息交じりの抗議の声が聞こえたが、相変わらずダークはもたれ掛かられる前と同じように、椅子に座ったまま全く動かず、ぼくを見てくれもしないので、こっちも意地を張ってあえて聞こえないふりをし続ける。
 さっきからダークは全くこっちを見てくれない。ソファーに座ったままずっと本を読んでいる。それに気付いたぼくがダークの隣に座っても、隣に座ってわざとらしく姿勢を変えたり、咳払いをしても、全く構ってくれない。むしろ構うどころか、こっちに気付かないふりまでされている。
 ダークのことだから構うのが面倒だと思って、ずっと無視を決め込んでいるんだろう。さっき一言だけ声をかけられたが、それだってぼくがソファーに腰掛けてから初めてダークが口を開いて言ってきたことだ。
 ……面白くない。
 ダークの肩にもたれかかったまま、本とダークの顔の間で手を振って、読書の邪魔をしてみる。しかしそうやってもダークの眉間に皺が数本増えただけで、すぐに鬱陶しそうに手をどかされるだけだった。
 もたれ掛かるダークの肩に、さっきよりも体重をかけてみる。ダークの眉間に更にもう一本皺が増えたのと、一回溜め息を吐かれただけだった。
「つまんない」
「……邪魔をするな」
「邪魔されて困るようなこともしてないだろ」
「何が不満だ」
 ようやくダークがこっちを見てくれたが、その顔は実に不機嫌そうだった。眉間の皺も減っていない。でもそんなことは全く気にしないで、もたれ掛かっていた体を落として、今度はダークの膝の上に寝転がる。またダークが何か言いたそうに、口を開いているのが見えた。
「少しくらい構って?」
「構ってる」
「構ってないよ」
「おれはそのつもりだ」
「こっちはそうじゃない」
 理解できない、といった様子で肩を竦められた。
 ダークとしてはぼくを拒まないだけでも、十分構っているつもりなんだろう。現にダークは膝の上にぼくを寝かせた状態のまま、視線を本に戻そうとしていた。
「だめ」
 そうはさせまいと、ダークの頬を軽くつねる。
 片頬をつねられたままこっちを睨むダークにえへへ、とおどけて笑ってみせた。それを見たダークは諦めたかのように本を閉じ、頬をつねるぼくの手を払い、そして、
「……馬鹿」
「いて」
 閉じた本で額を軽く叩かれた。ぱしん、と子気味良い音がする。
 別に大して痛くもなかったけど、叩かれたことが気に食わないので、叩かれた所に手をあて、拗ねたように頬を膨らませる。ダークはそれも演技だとすぐにわかったのか、
「おれに何をして欲しいんだ」
「だから構ってほしいって言ってるだろ」
「具体的に言え」
「うーん……なんでもいいや」
 こうして話しかけられていることで、ぼくの目的は殆ど叶っているようなものだ。……ただ、ダークはいたく不服そうな顔をしていたけど。だったらなんで邪魔をする、とダークの顔には書いてあって、今にもまた本で頭を叩いてきそうだった。
「……じゃあ、本を読まない。ぼくのことを無視しない。こっち見て、ちゃんと構って?」
 頬に手を置いて、ダークの顔を引き寄せる。それに少し考え込んだ後、ダークは大きく溜め息をこぼして、
「注文が多すぎる」
「大したことじゃないだろ? さっきからしかめっ面ばっかり」
 一向に減らない眉間の皺を戻してあげようと、頬に置いていた手を眉間のほうに回そうとしたが、顔の前で振り払われてしまった。
 しかしダークは手に持っていた本を横に置き、膝の上に寝転がっていたままのぼくの髪を撫でてくる。
 顔は相変わらずの不機嫌面で、眉間の皺もまだある。でも髪を撫でる手だけは酷く優しくて、それがくすぐったくて、嬉しくて、とろんと目を細めてされるがままになった。
「面倒な奴」
 そうやって悪態を吐くわりに、眉間の皺はさっきより減っている。
「面倒でいいよ。こうされるの、好きだから」
[newpage]
[chapter:-3-]
「……なんだよ、それ」
 部屋に戻ってくるなり、まだ背に剣を背負ったままのリンクが、実に不愉快そうな顔で口を開く。
 おれと目が合えば、何故かリンクは口をへの字にして拗ねたようにそっぽを向いてしまった。――こいつが何故おれにこんな態度を取るのか、その理由がどうも見えてこない。
「一体何なんだ」
「それのことだよ。それ!」
 相変わらず不機嫌面のリンクが指差した先には、ソファーに座るおれの膝を枕にして、子どもリンクがすやすやと寝息を立てていた。
 一体こいつの何が不満だとでもいうのだろう。さっきの声で十分ほど前に寝付いた子どもリンクが起きてしまわないか心配だったので、視線をソファーの前で腹を立て続けるリンクから、膝の上の子どもリンクに目をやる。寝付いてからそれ程時間は経っていないが、恐らく眠かったのだろう、すっかり寝入っているようだった。
おれが起きないようにそっと頭を撫でてやれば、何故か大きいほうのリンクが小さな唸り声を上げて地団駄を踏む。……何故だ、こいつの思考がおれにはさっぱりわからない。
「ガキみたいなことをするな。さっき寝たばかりなんだから、起こしてやるなよ」
「やだ、ずるい。……こっちはこの前ダークに膝枕してもらおうと思ったら嫌がられたのに、こんなのずるい」
 そう言ってリンクがむくれてしまった。頭の中身はこいつの方がずっと子どもなんじゃないだろうか。
 リンクの言うこの前の出来事とは、恐らく今と同じようにソファーにおれが座っていたら、何故かリンクが隣に座り出し、面倒なことはごめんだとこっちは無視を決め込み続けていたのに、構って構って言わんばかりに(実際そう言われたのだが)おれに寄りかかってわざと体重をかけてきたり、おれの膝に寝転がったりしてきたのだ。
 こいつに構うのは面倒だが、そうやって構われ続けるのも非常に鬱陶しいので、結局はこちらが折れ、少しの間だけそのまま言われた通りにしていたのだ。勿論後で膝が痛み出したらすぐにやめさせたのだが。
 無理矢理おれが膝枕をやめさせた後、リンクはえらく不満そうな顔をしていた。確かにそれなら、リンクにとってこの状況は地団太を踏むほど悔しいものなんだろう。
「お前とこいつは違うだろう。子ども相手に嫉妬燃やしてどうするんだ」
「こっちだってまだ子どもだよ! ずるい!」
「こいつよりは年上だろう。年下の権限だ、お前は諦めろ」
 ぴしゃりとそう言って、リンクを諌める。しかしリンクはまだ不満なのか、口を尖らせたままだ。
 リンクがこれだけ不機嫌になる理由がおれに理解できたとしても、こいつが子どもリンク相手にずるいというのはそもそも色々と間違っているのだ。大人とは言わずともこいつほどの年になれば、このくらいは解して欲しいと切に思う。
「……じゃあ、さ。年上の権限はないの?」
「ない。さっさと諦めるんだな」
「むう。……あ、そうだ」
 口を尖らせたままだったリンクが、悪戯っぽく笑っておれに近づいてくる。この顔からして、どうせまたろくでもないことを考えているんだろう。
「これは、ぼくだけの特権」
 そのまま頬に手を置かれて、強引に頭を引き寄せ唇を奪われた。
 一体何の真似だ。
 そう言おうとはしたのだが、こうして唇をふさがれたままでは、それも出来ない。
 暫くの間触れるだけのキスを続けて、リンクがおれの唇の感触を楽しんでいるのが手に取るよう分かり、それがおれの神経を逆撫でる。
 膝の上で子どもリンクが寝ている以上、ろくな抵抗が出来ないため息苦しさにおれが軽くリンクの胸を叩けば、こいつはしたり顔で唇を離した。
「……見られたらどうするつもりだ」
「見られてもいいよ。そしたら今度は見せ付けてやる。こんなことできるのはぼくだけだって」
 してやったりと言わんばかりのリンクをよそに、おれの膝の上で寝ている子どもリンクの方に視線を移す。よほど眠いのか、起きる気配はなかった。
「あ、やっぱり気にする? こっちは別にいいのに」
「見られても困るし、第一悪影響だ。お前みたいな奴になられたら困るんだよ」
「じゃあ、起きたらぼくにも膝枕」
「……おれの話を聞いてなかったのか?」
 呆れ顔のおれをよそにしたり顔のままのリンクは、もう一度顔を近付けて、おれにキスをする。
「早く起きてくれればいいのに。……でも、」

「起きるまでこうしていたいから、まだ寝てくれててもいいかな」
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