剣は奪われた。素手で戦うだけの体力もない。もちろん、抵抗する気力もない。
 これが自分の最期。後に勇者と呼ばれる者が持つ退魔の剣に刺されておしまい。後は水となり塵となり消えるのみ。だがそれを嘆いたって仕方ないのだ。自分は魔物だから。
 目の前で後に勇者と呼ばれるはずの人、確か、リンクと聞いたか。リンクは剣をダークの首に突きつけて、きりっとした目で自分を睨んでいる。
 実にあっけない最期だ。そう思うと、腹の底から湧き出てくる笑い声を抑えきれなくなる。ダークの首に剣を突きつけたまま、リンクは眉を顰めて、
「……どうして笑う?」
 その言葉にダークはわざと嫌みったらしく歯をむき出しにしてにぃ、と笑い。
「おれが滑稽だからさ。ろくな生涯を送らずにこんな実にあっけない最期を迎えるんだ。滑稽以外の何物でもないね」
「滑稽……」
「そう、滑稽。だから笑うんだよ。あんたにわかるか? ……わかるわけないよなぁ? やがては輝かしい未来が待ち受ける勇者様にはな」
 嫌味と皮肉たっぷりにリンクに言い放ってやると、今までのきりっとした目からは想像も出来なかった悲しそうな表情を浮かべている。その表情にダークの心が躍る。
もっともっと、悲しそうな顔が見たい。それだけではない。怒り狂った顔や絶望に打ちひしがれた顔も見たい。
「……勇者様はさぁ、ほんとにこの世界を救いたいと思ってんの?」
「どういう……意味だ」
 リンクの声と声に僅かにいらつきが混じっている。その顔が見たかった。と言わんばかりにダークの心が躍り、更に嫌みったらしく笑う。
「だって、あんたがこうしている間に世界のどこかでは何事もなく幸せな暮らしを送っている人間が居るじゃないか。一人だけじゃないさ。何人も何人も、あんたが生まれてから出会ってきた人間の数よりもずっと多いだろうよ」
「それでもぼくは、ハイラルの為に……」
 表情が一瞬揺らいだが、すぐにリンクは元のきりっとした目を取り戻し、そう言う。だがダークはその言葉に対して嘲るように小さく笑って、
「『ハイラルの為に』? ……よくもまぁそんな綺麗ごとが言えたもんだ。いいねぇ、田舎育ちの奴は。なーんの躊躇いもなくそんな言葉が吐けるんだからさ」
 リンクの表情が更に揺らいだ。だが、今度は元のしっかりとした目に戻ろうとしない。
「お前がどこでいくら死闘を繰り広げようとな、その一方ではお前のことなんか全然気に留めてない奴らがそれこそ星の数だけ居るんだよ。お前がガノンドロフを倒せばそいつらも祝ってくれるかも知れねぇなぁ? だけどどうだ? 次の日からはお前のことなんか忘れていつも通りの生活だ。……これがお前の救いたい世界だよ」
 退魔の剣を握る左腕が震えていた。今ならこの腕でリンクの首を絞めて殺すことも、剣を奪ってリンクの胸を一突きすることも出来るかもしれない。しかしそれをしようとは思わなかった。
 所詮自分はリンクの影だ。光と、その光を遮る人が居なければ影は出来ない。つまりリンクが居なければダークは生きていけない。
 どのみちダークが勝とうが負けようが生きられないのだ。結局リンクを殺すことは出来ない。だがひとつだけ、ある方法でリンクを殺すことがダークには出来る。
「お前はな、チェックメイト寸前に置くことで、詰めを防ぐ……捨て駒みたいな存在なんだよ」
「……!」
 ダークに肉体的な殺しは出来ない。……そんな自分に出来るのは、精神的にリンクを殺すのみ。思いつく限りの最悪の言葉を吐いて、どこまでもどこまでも、深い深い絶望の底に突き落としてやろうではないか。
「……さて勇者様、ここまで言った所でもう一回聞いてみようか。……ほんとにこの世界を救いたいと思ってんの?」
 ――とどめの一言。リンクは反論も出来ないほど酷く絶望している。残念なことに俯いているので顔は見えない。
 しかし、ダークがとどめの一言を言い放ってから少し経った後、リンクの肩が静かに振るえ、自分の後ろの壁に退魔の剣を突き立てて来た。
 脅しのつもりだろうか。だが、死を恐れない自分に今更そんなものが効くはずも無い。ダークは退魔の剣の刀身を掴み、もう片方の手で自分の喉を指差して、
「……何やってんの? おれを殺しに来たんだろう? おれを殺して先に進むんだろう? だったらなんで殺さないわけ? 魔物でもおれの体の構造はお前と一緒。ここをその剣で刺せばすぐ死ぬよ? はい、もう一回やり直し。次は成功しろよな?」
「……死ぬのが怖くないのか、きみは!」
「ここまで言ってさ、死ぬのが怖いから命だけは助けてください勇者様とかおれが言うと思ってる? ……ああそうか、あんた相当の馬鹿だったっけ。けどもう殺してくれないかな、決着がついてから相当経っているんだしさぁ、いい加減に頼むよ」
 おれもそろそろ疲れてきたよ。と呆れたようで小ばかにするようにダークが言うと、リンクは退魔の剣を手から離し、しゃがみこんでしまった。退魔の剣が地面に落ち、からん。という音を立てる。
 ――そうだ、その姿が見たかった。そう心の中で歓喜の叫びをあげて、同じようにダークもしゃがみこみ、そっとリンクの肩を抱く。
 殺しはしない。殺せない。なら選択肢は一つ。
 ぬるま湯に浸かって育った幸せな勇者様に、死ぬことよりも辛いことを教えてやろう。

スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。