「この地方の制圧はほぼ完了しました」
 横に居るアベルの言葉を聞きながら、アイクは丘の上に立ち、住居はひとつ残らず焼け落ち、辺り一帯にたった数日前まで生きていたはずだった敵兵や村人が放つ死臭が飛び交い、酷い有様になった村を眺めた。
「……生き残りは?」
「いえ、敵はこの戦いで壊滅的被害を受けました。生き残った者達も既に逃げたものと思われ……」
「俺が聞いているのはそんなことじゃない。村人の生き残りは居るのか」
 僅かに苛立ちが含まれた言葉に、アベルはゆっくりと首を横に振る。どうやら、敵兵同様、村人の生き残りが居る可能性は絶望的のようだ。
 アベルはアイクの心境を察したのか、苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべ、
「……アイク殿、きつい事を言うようですが。我々アリティア軍は他国の者に居所はおろか、存在すら知られてはならない者達なのです。どうか、その旨を理解して頂きたい」
「他国の者は兵も一般人も全て皆殺し。というわけか」
「そういう事です。我々の存在が知られれば、我々の居所もすぐに分かるでしょう。そうなってしまえば、タリスの民も危ない。アイク殿もご存知の通り、タリスには正規の軍がありません。我々もタリス王のご好意によりかくまってもらっている状態。……タリスを巻き込むわけには、いきません」
「だからといって、こんな事が……!」
 許されるわけ、ないだろう。と言いかけたところで自分の置かれた立場を思い出し、アイクは言うのをどうにか踏みとどまった。
 どういうわけか、寮内にあった知らない扉の中に入ったところ、マルスの出身世界、アカネイア大陸に飛ばされてしまったらしい。
 辿り着いた先は以前マルスから聞いてはいたが、本当に戦争の真っ只中で、運よくマルスが率いる軍と合流できたものの、マルスは自分のことを綺麗さっぱり忘れていて、挙句自分は敵国の差し向けかとマルスの家臣に疑われて剣を向けられた。
 どうにかマルスに敵の指し向けではないと信じてもらえ、同盟軍に入れてもらえたはいいものの、そこからが問題だった。
 まず、戦況が酷い。確かに自分の生まれ育ったテリウス大陸もある日突然戦争に巻き込まれ、自分はそんな中で戦った。しかしアカネイア大陸の戦況はその比ではない。
 行く場所行く場所全てが酷い有様となっていて、若い男は全員戦場に借り出され、女子供はろくに作物も育たない場所で泥水をすすって生きている。
 今回同盟軍は反乱を起こした地方の制圧に向かった。しかし兵士はおろか村人も皆殺しにするのならば、自分達は賊と何一つ変わらないではないか。自分の置かれた状況では何も出来ないことが歯がゆくて、アイクは拳を爪が食い込むほど強く握った。
 ――そんな時一瞬、丘の下の木々の影から青いマントが見えた。それに続いて短い青色の髪が見える。マルスだ。アイクは直感的にそう判断する。
「アベル、お前は先に戻っていろ!」
「アイク殿? ……どうかなされましたか?」
「別に大したことじゃない。ただお前は先に戻っていろ。俺も後から向かう」
 そこまで言ったところでアイクはアベルの返答を待たず、丘の上から飛び降り、マルスの居る村の方へ駆けていった。





「マルス……様」
 あたりに転がっている村人の死体を踏まないように気をつけながら、アイクはいつもどおり呼び捨てで呼んでしまいそうになったが、マルスに後ろから声をかけた。
 マルスは一瞬驚いたようだが、すぐに顔に笑顔を浮かべて、
「様づけはやめてほしいな。マルスでいい。……なんだい? アイク」
「どうしてこんなところに居るんだ。護衛の兵も居ないし、もし残党に襲われでもしたら……」
「少し、考え事がしたかった」
 そう呟いて、マルスは自分に背を向ける。マルスの近くには斧と割った薪やまだ割れていない薪、さらにその先には死体がひとつ転がっていて、薪割りをしている最中に襲われたというのが、生々しく残っている。
「……どんな考え事だ?」
「僕の未来について」
「未来?」
 そうだよ、とマルスは頷いて、
「僕はアリティアを取り戻せるのかなって。アリティアだけじゃない。母上も、姉上も、ファルシオンも、失ってしまったもの全て……というのは流石に無理だけど、取り戻せるかなって」
「取り戻せる。お前は、強いから」
 マルスは近くの死体を見つめる。自分に背を向けているので、その表情はどんなものかはわからない。それでも、悔しそうな表情をしているのが、アイクにもどことなくわかった。
「本当にそうかな。僕は誰一人として失わずに取り戻せる自信は無い。……こんなことを考えるのも、僕がまだまだ弱いからなのかな」
 そこまで言ったところでマルスは大きくため息を吐いて、俯いてしまった。心配になってそっとマルスに近づくが、そこでマルスが何かを呟いているのに気が付いた。
「……マルス?」
 流石にアイクも、マルスの様子がおかしいことに気付き、慌ててマルスに駆け寄る。
「駄目だ駄目だ駄目だこんな腕じゃ誰も救えない誰も守れない何も取り戻せない! もっと強くならないと強くならないと強く強く強く強く!」
 行き成りマルスは剣を抜いて、剣で足元にあった死体の喉を刺す。それも一度だけではなく、何度も何度も刺し続ける。
 死体は見るも無残な姿になっていたが、すでに血は流れるだけ流れきっていたので、マルスの体にかかる血は少なかったが、その代わりに死体の肉片がマルスの服にこびり付く。
「おい、やめろ!」
 あわててアイクはマルスの剣を握る腕を掴んで止めようとする。最初はマルスもその手を振り払おうとはしたが、やはり力ではアイクには勝てず、剣を地面に捨て、力なくアイクの胸に倒れこんだ。
 アイクは一瞬、そのあまりの軽さに驚いてしまった。そういえば先程握った腕も、自分とほぼ同い年の男にしてはかなり細い腕だった。
「マルス……」
「駄目だ。駄目なんだ、このままじゃ……」
 自分の腕の中で相変わらず何かを呟き続けるマルスを、耳が遠くから聞こえる、マルスを探す家臣の声を捕らえながら、アイクはマルスの気が済むまでずっと、抱き締めていた。
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