僕の手に、恐る恐る彼の手が触れる。
 触れたといっても、指先が少し当たった程度だ。別にこのくらい何のことはないはずだし、彼の部屋に二人っきりでソファーに座っていたら、たまたま僕らの指先が触れてしまった。そんな言葉で済むような些細なことに過ぎない。
 しかし僕は緊張のあまり触れられた手を、思わず引っ込めてしまった。
 それもこれも隣に座っていた相手が、リンクだったせいだ。正確に言えばリンク自身には何も非は無く、全て僕のせい、ということになるのだが。
 申し訳なさそうに横目でリンクを見ると、リンクもリンクで、少しとはいえ手を伸ばしたことを後悔しているような表情をしていた。
「やっぱり嫌だった?」
 横から少し悲しそうなリンクの声が聞こえる。そうじゃないんだ、と僕は首を横に振り、
「い、嫌じゃないんだ。ただ心の準備が……」
「……うん」
 ついさっき引っ込めて、膝の上に置いた手を眺める。
 リンクに触れられた時の感触が、まだ手に残っていて、それが僕の頬を赤らめ胸の鼓動を早めている。
 ……なんだか酷く落ち着かない。これも相手がリンクだったせいだ。やはり僕が悪いのであって、リンクに非があるというわけではないのだけど。
「じゃあ、ちゃんと言えば大丈夫?」
「ちゃんと、言う?」
「そう。マルスと手、繋ぎたいな。……繋いでも平気?」
 かくん、とリンクが首を傾げ、僕に尋ねてくる。
 断れない。……断りたくない。
 自分の気持ちはしっかりと決まっているはずなのに、それをリンクに伝えることが出来なかった。彼の声にうん、と答えることも、首を縦に振ることも出来ない。気持ちを伝える術は確かにあるのに、そうすることが出来ず、そのまま固まってしまう。
 僕が返答に困っていると思っているのだろうか、押し黙っている間リンクは何も言ってこなかった。ただ、じっとこっちを見つめ続けているのが、居た堪れなくて……恥ずかしくて、リンクの顔を直視することすら出来ずに、目を逸らしてしまった。顔は見ることが出来ないからわからないが、間に流れる雰囲気からリンクが悲しそうな顔をしているのが、なんとなくではあるがわかってしまう。
 恥ずかしいのは確かだが、このままでいるのが一番よくない。自分の気持ちが決まっている以上、何か行動を起こして、嫌ではないことを伝えなければならない。なのに声を出すことも、首を縦に振ることもやはり出来そうになかった。
 自分の情けなさに思わず溜め息が出そうになったが、この状況で溜め息を出せば更なる誤解を招きかねないので、溜め息をするのはどうにか踏みとどまった。
 ……膝の上に置いた手を見る。ついさっき、リンクが僅かに触れた手だ。触られた時の感触はまだ残っていて、それがより僕を気恥ずかしくさせる。俯いているのでリンクに顔を見られてはいないが、耳まで真っ赤なことは、恐らく気付かれているだろう。
「(駄目だ)」
 本当に、このままではいけない。ごくりと喉を鳴らして唾液を飲み込み、僕はゆっくり、ゆっくりと自分の横――ソファーに座る僕らの間に、先ほど触れられた手をまた置いた。
「……」
 顔こそ見えないが、リンクが息を飲んだのがわかった。さっきと同じ場所に僕がまた手を置いたこと、それをリンクはどう受け取ってくれるだろうか。
 僕は肯定の意味をこめて、この手を自分達の間に置いた。だがリンクが、この行動の意味をちゃんと汲みとってくれるかなんてわからないのだ。今更ながらもっとわかりやすい行動を取っていればよかった、と自分の行動を酷く後悔した。
「……!」
 横に置いた手の甲に、ぬくもりが重なる。それに思わず声が出そうになってしまった。
 僕の手の上に、リンクが手を置いているのが横目に見えた。これはつまり、僕の気持ちをちゃんとわかってくれたということになる。
 一度手を離したリンクは、僕の手とソファーの間に自分の手を滑り込ませて、手を繋ぐ為指と指を絡めてくる。手のひら全体に染み入るリンクの体温に、頭がどうにかなりそうだった。
 考えてみれば、ただ二人っきりになって手を繋ぐだけのことに、どうしてこんなに緊張しているのだろうか。僕はあがり症というわけではないはずなのに、今回ばかりはまともに話せなくなってしまうほど緊張している。
 ただ、なんでもないはずのことがなんでもなくなってしまう。人を好きになることとは恐らく、こういうことなんだろうとも、ぼんやり思った。……それにしてもこれは、少々行き過ぎているような感じも否めないのだが。
「……やだな」
 ぽつり、とリンクの困ったような声が聞こえ、我に返る。
 何か僕がまずいことでもして、リンクを不快にさせてしまったのかと、少し不安になった。
「え?」
「違うんだ。その……離したくないんだよ、手」
 そう言ったリンクが、ぎゅっとさっきより力をこめて僕の手を握る。
 そのせいで自分の頬が一層赤くなり、心臓の鼓動がさっきよりも早くなったのがわかった。
 見ればリンクが、僕の手を握っていないほうの手で、顔をおさえて俯いている。指と指の間から見える頬が、いつの間にか真っ赤になっていた。でも、顔が真っ赤になっていたのは僕も同じだったはず。
「手を繋ぐだけのことでこんなに恥ずかしくなるなんて、自分でもバカみたいだって思う」
 どうやらリンクも、同じことを考えていたらしい。呆れたようなリンクの声に、少し頬の赤みが引いていく気がした。
「……でも、幸せなんだよ。こうしているのが」
 大きな大きな幸せをぐっと噛み締めているような、リンクの声と表情。
 僕と手を繋ぐだけでこんなに幸せそうにしてくれるリンクに、嬉しさで胸の奥がふわふわと浮くような気持ちになった。
「あの」
「?」
「僕も、幸せだな。……こうやって、手を繋いでいるのは」
 相変わらず緊張しているせいで変に上擦った声だったが、緊張しているのはリンクも変わらないらしく、それには何も言われない。
「そっか」

「じゃあ、もう少しこのままで居よう?」
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