「マルスは、ぼくのどこが好き?」
 ぱさり。
 リンクが枕に置いた本を閉じるそんな音とともに、そんな声が頭の上からした。僕もリンクの金髪をいじって遊ぶ手を止めて、顔を上げる。
「ねぇ、どこが好き?」
 今まで本のページをめくっていたリンクの手が、僕の肩に回る。
 昔は、手を繋ぐだけでもかなり時間がかかったというのに。今ではこうして同じベッドで寝転がり暇をつぶすようなことも、もう僕たちにとってはなんでもなくなってしまった。
 そう思うとこの人と一緒にいることにも、僕は大分慣れてしまったのだろう。勿論、いつまでも手を繋ぐだけで心臓が破裂しそうなほど緊張しているわけにもいかないのだが。
「ねぇってば」
 不機嫌そうな声とともに、リンクの方へと引き寄せられる。見れば質問に答えてくれない僕が面白くない、といった表情をしていた。
「そもそも、どうして今更聞くんだい? そんな……小説の台詞のようなことを」
 先ほどまで読んでいた小説に感化でもされたのだろうか。しかし、彼が読んでいたのは恋愛小説ではなく冒険小説だったはず。
「気になったから聞いてみただけだよ」
「小説の受け売りではなく?」
「うん。付き合ってるなら、そういうことが気になる時だってあるだろ? で、今がその時ってわけ」
 ――付き合ってるなら。以前の僕なら、自分たちが付き合っている、相思相愛だという事実を少しでも確認しようものなら、すぐに真っ赤になってしまったはずだ。リンクも僕ほどではないものの、多少は赤くなっていた記憶がある。
「(本当に、結構な時間が経ったんだな……)」 
 それは勿論、この人と自分の気持ちを確かめあってから、ということだ。
 こんな今になって気づかされるのだが、手が触れただけ、あるいは彼のことを少し意識しただけ。そんな些細なことだけで、なんでもないことがなんでもなくなってしまう瞬間。
 それは、気持ちが通じあったばかりの時にしか感じることのできないものだったのだろう。時間と、そしてそれによってもたらされる慣れというものは、心底恐ろしい。……そして同時に、どこか寂しくもあった。
「ねえ、聞いてるー?」
 リンクの声がさっきよりも一段と不機嫌そうになって、とうとう肩を引き寄せられるのではなく、後ろから抱きしめられる形になった。顔こそ見えないが、いたく不満そうな顔をしているに違いない。
「そんなこと言われても……聞き出した方がまだ言っていないんだから、そっちから言うものだろう?」
「あ、それもそうか。じゃあ、そうだな……」
 うーん、と考え込んでいるのか、耳の後ろからリンクが唸っているのが聞こえる。他人に聞き、挙げ句急かしておきながら、自分はすぐに答えられないはどういうことなのだろう。
「まず、髪かな」
「髪?」
「うん。マルスの青い髪の毛は好きだな。見てるだけでも凄く綺麗だし、触ると癖がなくてさらさらしてるから、触り心地も好き。あと、なんだかいい匂いもするしね」
 そう言ってリンクが耳の後ろあたりの髪を一房手に取り、そっと口付けてくる。
「……後は?」
「え、もう一個くらい言った方がいい?」
 正直、僕の髪が綺麗だ、というのは他人からよく言われることだ。
 それが社交の場のお世辞であれ、本心からの言葉であれ、この青色の髪は僕を誉める際によく用いられるものだ。社交の場でこの髪を誉められるのは恐らく、僕の祖である英雄が僕と同じ色の髪をしていた、という理由があるから、というのは理解してはいるが。
 だから悪く言ってしまえば僕は、髪を誉められることに慣れていて、そう言われたとしてもなにも感じることがない。それが例え恋人だったとしても。そういうことになる。
 勿論、彼以外の人間に髪に口付けられるということはおろか、髪に触れさせるようなことも滅多にないのだが。
「わがままだなぁ、マルスは」
「初めに聞き出したのはリンクだろう。それを言うなら、いきなりこんなことを聞き出した君だってわがままだ」
「ぼくは、マルスがぼくを好きなところをひとつ上げてくれればそれでいいんだけどね。あとは、んー……そうだ」
「……っ!?」
 いきなり僕の体に回した腕に、ぎゅっと力を込められ、さらに耳元で軽く息を吹きかけられる。
 あわてて後ろから抱きしめられたままの体勢を変えようと試みてみたが、リンクの腕に力がこめられたままなので、結局体勢を変えることは叶わなかった。
「そういうところ」
 リンクの声色が、僅かに変わる。
 こんな感じのリンクの声は、何度も聞いたことがある。例えば、キスをした後とか、二人きりなっていい雰囲気になった時とか、あと……あまり思い出したくないような恥ずかしい出来事の時とか、とにかく色々だ。
 リンクがこんな声で話すときは、僕が言うのもなんだが、僕のことが愛しくて愛しくて仕方がない時だ。
「そうやってまだすぐ赤くなるところが、可愛くて、好き」
「……赤く、なってる?」
「うん。耳が赤いから、きっと顔も赤いよ」
 こうやって同じベッドで寝転がり暇をつぶすようになったとはいえ、やはり僕は僕のままだ。些細なことで赤くなってしまうところはあまり変わっていない。
 きっと今も、リンクの言うとおり、顔が赤くなっているのだろう。後ろから抱きしめられている体勢なので、顔こそリンクには見えないが。
「可愛い」
 その言葉とともに、リンクがぎゅっと僕の頭に顔を埋める。
「……可愛いは、不服だ」
「へ?」
「僕だって男だ。可愛いと言われて、嬉しくなるわけがないだろう」
 そう、僕だって男なのだ。今でこそリンクに甘やかされてはいるものの、これでも一国の王子だ。
 それに、小さい頃から母上によく似たこの顔のせいで、それなりの年になっても可愛いと言われていたし、失礼なことに女と間違えられることさえあった。だから可愛いと言われるのは好きではない、それどころか嫌いと言っても差し支えないくらいだ。
「あー……それもそうかな。じゃあ、可愛いはやめて、別の言葉ならいい?」
「別の、言葉?」
「……マルスのそういうところがね、すっごく愛しい」
 自分の心臓が、そう囁かれたと同時に跳ね上がったのを感じた。勿論、こんな体勢ではこちらの心臓の鼓動が早くなっていることなど丸分かりだろう。
 リンクも可愛いと言われることを嫌う僕の気持ちを察してはくれたのは、別に構わない。……だが、
「い、愛しいって……!」
「そうだよ。あとね、マルスの瞳も、たまに放っておくとやきもちやいてそっぽ向いちゃうところも、ぼくが抱きしめた時に、幸せを噛みしめてるような表情も、全部愛しい。だから、好き」
 一通り言いたいことは言ったのか、ぎゅっと僕を抱きしめ、リンクがいかにも幸せそうにため息をつく。そのため息が僅かに僕の耳にあたって少しくすぐったいのだが、それには抗議できそうにない。
 そして言いたいことは一通り言ったといっても、それは結局、
「……全部、好きってことじゃないか」
「あはは、その通りかも。マルスのこと、全部好きかもしれない。……というか、全部好きじゃなかったら、ここまで一緒にいたいとか、色んなことしたいとか、考えてないかな。……ねぇ、マルスは?」
 さっきは僕のことが愛しくて愛しくて仕方がない、というような声だったが、今度はやけに色っぽい声で、リンクが耳元で囁いてくる。やはり耳元で囁かれるとくすぐったいのに、リンクはそれに気づいてはくれないようだ。
 リンクが答えてくれた以上、僕も答えないわけにはいかないので、必死に考える。しかし、
「(……思いつかない)」
 だって、好きなものは好きなのだ。その人そのものが好きなのに、どこが好きだとか、そんなものすぐに答えられることではない。
 大体、その人が好きだという事実さえあるなら、そんなもの言わなくてもいいだろうに。それでは駄目なのだろうか?
 どれだけ考えようと、彼を満足させるような言葉は出てこない。それなら、なんとかしてはぐらかすことはできないだろうか。今度はそれに関して、僕は必死に考える。
 そして、僕の口から出た言葉は、
「……もう寝る」
「……へ?」
「今日はもう、寝る。眠いから」
 ……我ながら、情けないとは思っている。
 しかし、言葉は何一つ出てこなかったのだ。
 彼を満足させるような言葉も、この場をうまいことはぐらかせるような言葉も、なにひとつ。
「ちょ、ちょっと……寝るなんてそれはないだろ?」
「うるさい、僕はもう寝る!」
 半ばリンクに逆上するように、僕を抱きしめていたその腕を振りきってそっぽを向き、そのまま自分の枕に顔を押しつけた。
「せっかくぼくが言って上げたのに、マルスが言わないなんてひどいじゃないか」
「起きたら言う!」
 本当は、起きてもちゃんと彼が満足するようなことを言える自信などないのだが。
 しかしリンクも粘ろうとはせずに今日は諦めてくれたのか、そっぽ向いたままの僕の髪をそっと梳く。
 彼が好きだと言ってくれた、この青い髪を。
「はぁ……いいけど、起きたら、ちゃんと言わないとだめだよ?」
 優しく髪を梳き続けるリンクが、ふっ、と小さく笑ったのが聞こえた。
「おやすみ」
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