「ぼくらってさ、今までに何回キスしたんだろうね」
 ベランダの柵の上で頬杖をついているリンクが、ちらりと一瞬僕の顔を見て、そう呟く。
 同じようにベランダの柵に背中を凭れかけ、体重を預けている僕が横目でリンクを見ると、その金色の髪が夕日を反射して綺麗に輝いていた。
「数えてるわけ、ないじゃないか。……リンクは?」
「そうだね。ぼくも数えてない」
「じゃあどうしてそんなことを聞くんだ」
「ぼくもよくわかんないや、けど……」
「けど?」
 黙りこくってしまったリンクに何を言いかけたの、と聞いてみるけれど、リンクはふっと笑って、
「多分、ぼくからのキスの方が多いんじゃないかなって、思ってる」
 そう言われて、リンクとキスをした時のことを、思い出せるだけ思い出してみた。
 初めてテーブルの下でしたキス。人目に付かない場所でこっそりとしたキス、喧嘩の後にした仲直りのキス。チーム戦で一緒に戦って勝った後にしたおめでとうのキス。
 ついさっき、このベランダでリンクからされた、キス。
 確かにリンクの言うとおり、リンクからの方が多かったと思う。別に僕からのが無かったわけではないけれど、リンクからのに比べるとやっぱり、少ないのは確かだ。
「だから、さ。マルスからキス、してほしいんだ」
「でも、さっきしたばっかりじゃないか」
 僕の手をぎゅっと握り、そう微笑みながら言ったリンクに対してそう反論すれば、リンクは握っていた僕の手を引っ張り、強引に自分の方に引き寄せて、耳元でこう囁いた。
「マルスからしてくれることに意味があるんだよ」
 そうだろ。とリンクがまた微笑む。僕の体をリンクの方に引き寄せる時は凄く強引だったのに、その言い方は、酷く優しかった。
「別にいいだろ。初めてキスしたときに、マルスからもしてもらったしさ」
「それは……」
「じゃあ、お願い」
 そう言ってリンクが目を閉じた。手は相変わらずリンクに握られたままだから、このまま嫌だと言って手を振りほどくのは、なんだか気が引けた。
 別に僕のほうからキスするのは初めてのことじゃない。というより、初めてテーブルの下でキスをしたあの時、両方からキスをした。それからも僕のほうからキスをすることもたまにあったから、別にここまで嫌がるほどのものじゃないのかもしれない。
 けれど、キスしてくれと面と向かって言われると何故か、急に恥ずかしくなってしまう。
「してくれないの?」
「するけど、さ」
 一度深呼吸をして覚悟を決め、握られていないほうの手をリンクの頬に置いて、顔を近付けた。
 十分に顔を近付けたら、目を閉じて、頬に置いた手を頼りに唇を探す。一回リンクの吐息が顔に当たって、近くにリンクの唇があるのだということがわかった。そのままリンクの唇に自分の唇をよせる。軽く触れるだけの、とても短いキス。
 それでもリンクは満足だったのか、こっちまで幸せになれそうなくらい幸せそうな顔をしていた。
 ぎゅっと僕の手を握り額をこつんと合わせ、リンクが感謝の言葉を述べる。
「ありがと、マルス。……でも、さ」
「……何?」

「ねぇ、もう一回キスしてもいい? 今度はこっちから」








「マルスはなにがしたいわけ」
 演技は決して得意とは言えないけれど、それでも自分でもできる限り嫌悪感を顔に出して、今ぼくの体をベッドの上に押し倒しているマルスに向かって問いかける。
 マルスはいつもどおりの笑顔でさらりと、
「リンクと一緒に居たいだけだよ」
「なら、ベッドに押し倒す必要はないんじゃないの」
「それはそうかもしれないけれど、逃げたら嫌だろう」
 マルスから逃げるわけがないだろ。と言い掛けたけれど、寸でのところでなんとかそう口にするのを思いとどまった。ぼくは大きくため息を吐いて、
「何をするのさ」
「僕はこうされて、何をするのかわからないほど君は純真無垢ではないと思っていたんけれど」
「それは褒めてるの? それとも貶してるの?」
「褒めてるよ。じゃあこう言い換えよう。何をされるかわからないほど君は馬鹿じゃないだろう?」
「……そこまで馬鹿じゃない」
 だろうね。とマルスが微笑んだ。微笑まれても、全く嬉しくない。
 確かに自分達は、一応既にこういうことをされても別におかしくないような関係にはなっている。つまり、自分達は所謂恋仲という関係だということだ。
 けれどいきなり相手の部屋でベッドに押し倒されるっていうのは、ちょっと違うんじゃないんだろうか。
「ぼくに嫌って言う権利はない?」
「君は僕のことが嫌いなの?」
「……嫌いじゃないけれどさ。それは少し違うよ」
「嫌いじゃないなら、別にいいじゃないか」
 そのままマルスが、ゆっくり顔を落とす。その唇が自分の唇を狙っていることに気がついて、必死に逃げ出そうとしたのだけれど、ぼくが逃げ出すよりも早く頭を手で押さえつけられて、逃げ出すことは出来なかった。
 必死にもがいたけれど逃げられないから、マルスの顔がどんどんアップになるのも止められない。とうとう唇を唇で塞がれてしまった。唇を軽く舐められて、ぼくの体がびくんと震えたのをいいことに、調子に乗ったマルスが口の中にするりと舌を入り込ませて、そのままぼくの舌を絡め取ろうとする。
 互いの舌の擦れ合う感覚にざわりと肌が粟立つ。別に嫌じゃない。確かに嫌じゃないけれど、息苦しくなって力任せにマルスの背中を叩いて離せと訴えると、その通りにマルスが唇を離してくれる。すぐに肩で息をして酸素を取り込んだ。
 唇を離してすぐ、マルスは笑顔でぼくにキスの感想を求めてくる。
 ぼくは感想のかわりにばか。と一言罵って、マルスの頬を軽く叩いたけれど、それでもマルスは笑っていたままだった。なんだか余計に気に食わない。
「……頭がおかしくなりそうだ」
 きつくマルスを睨んで、お望みどおり感想を口にする。
「別に、おかしくなればいい」

「……ただし、僕の前でだけ」
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。