あと少しで唇が触れるというところまで来て、急に恥ずかしくなってしまった。自分の顔を近付けるのを止めてしまうと、アップになっていたロイの顔が顰められる。
「恥ずかしいんですか」
「……うん」
 素直に頷くと、ロイが大きく溜め息を吐いた。申し訳なくてごめんと謝り頭を下げると、謝ってどうするんですかとまた溜め息を吐かれた。思わずまた謝ってしまいそうになってしまったが、唇を噛んでどうにか堪える。
「しょうがない人ですね」
「ごめん」
「謝ってどうするんですかって、言ったばかりですよ」
「……そうだね」
 またごめんと言い掛け、その言葉を口に出す寸前で踏みとどまった。
「どうして恥ずかしいんですか。僕の方からなら何度もしたじゃないですか」
「それは、そうだけど」
 何故こんなにも僕が責め立てられているのかというと、まぁ悪いのは僕なのだが、僕がロイと一般的に言うところの恋仲の関係になってから、僕の方からキスをしたことは一度もないのだ。
 ロイからのキス自体は何度もした。というよりは、初めて自分がロイをそういう目で見るように、そういう目で見られていると意識するようになったきっかけが、僕が転寝をしているときにロイが僕にキスをしたからだった。
 言わば自分達の関係は、抱きしめるよりも手を繋ぐよりも、それどころか告白よりも前に、キスから始まったというわけだ。勿論、僕がいきなりただの同居人としか思っていなかった人にキスをされて、驚かなかったわけがない。
 それまでロイは僕を先輩のように思って接しているのだと信じていたし、僕もロイのことは世話焼きの後輩のように思って接していた。だから、ロイがそんな目で僕を見ているだなんて思わなくて、最初はどう接していいかわからなくなり、距離を置いてしまったこともあった。
 ロイもロイでその初めてのキスをした後、もの凄い勢いで僕に謝ってきた。僕は何度も頭を下げられて、すみませんとか、本当にするつもりじゃなかったんですとか、マルスが気にするなら部屋を分けてくれても構わないとか、そういうことを何度も何度も言うものだから、逆に寝ていただけなのにこっちが申し訳ないことをしてしまったみたいだった。
 そして、今自分達がこうして恋仲と呼べるような関係になり、今ロイにキスをせがまれているということから、その初めて僕がロイにキスをされたあの時から今までの間に、自分達がどうなっていったかというとつまり、そういうことだ。
「僕ら以外誰もいないんですから、そんなに恥ずかしがらなくても」
「……わかっているよ」
「マルスの方が年上じゃないですか。年下に押されてどうするんです」
「……そうだね」
 ロイが上目遣いで、僕の表情を伺う。申し訳なさからあまり顔を見られたくないので、顔を逸らして、一歩後ろに下がる。ロイは呆れているのか、腰に手を当て不機嫌そうな顔をしている。また謝ろうかと思ったが、先ほどのように謝ってどうすると言われて更に呆れられてしまうだけだろう。
「もう一回、やってみますか?」
「あ、うん。やってみるよ」
 ロイが目を閉じる。ロイの肩に手を置いて体を屈め、ロイにキスをしようとする。
 目を閉じたロイの顔がどんどんアップになっていって、あと少しで唇が触れる、というところきたのに、またもそこで恥ずかしさに襲われ、近付けた唇を少しだけ離そうとした。けれど、
「……!」
 僕が何をしようとしていたのかわかったのか、ロイがそうはさせないと言わんばかりに僕の服の襟を掴んで、ぐいと引き寄せる。掠め取られる唇。暫くして顔を離されロイの顔を見れば、不満そうな表情をしているのに、頬は僅かに赤かった。

「本当に……しょうがない人だ」

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