「待て待て待てー! 今日こそゲットしてやるからなー!」
 波動の勇者ルカリオの朝はまず、ポケモントレーナーに追い掛け回されることから始まる。
 ここに来たのは自分のほうが先だが、後から来たポケモントレーナーに姿を見られてからというものの、追い掛け回される毎日だ。それから何ヶ月も経ったのだからいい加減諦めてはくれ……ないようだ。
 「来て早々暴れまわるファイターが居る」と言われて、どんなつわものかと想像していたが自分と同じ世界出身の人間で、しかも自分では戦わないときた。そう知った時は流石のルカリオもため息を吐かずに入られなかった。
 挙句これだ。ここでポケモンはゲットできないのに毎日こうして追い掛け回されているようでは困る。
「まーてーっ! お前は僕のものだーっ!」
 その台詞は少年が言うと少し危ない台詞なのではないかと思ったが、それ以前にまず自分の身が危ない。まだ寮内もよく分からないので、このまま逃げ続けたら下手をすると袋小路にいってしまうかもしれない。そうなったら、一巻の終わりだろう。
 なにか隠れるような場所は無いだろうかと周りを見回した。以前、天井に張り付いてやり過ごそうとしたが、「ポケモンのにおいがする!」と、わけのわからない事を言われ、見つかってしまったので、同じ手は効かないだろう。
「ルカリオさん! こっちです!」
 小さいながらも誰かの声がして、その誰かが自分に振り向く暇も与えずに、自分の後頭部の房を一本掴んで、その誰かの部屋の中へ引きずり込んで扉を閉め、鍵をかけた。
 仰向けになった状態の目に映ったのが綺麗な天井であったことから、メンバーの部屋だろう。
「災難でしたね、ルカリオさん」
「災難っていうかさ、日常茶飯事だね。この場合」
 半身を起こすと、ドアノブに手をかけて苦笑いを浮かべているマルスと、同じくその隣で苦笑いを浮かべているリンクが居た。
「お前らか……すまない」
「別に平気です。困った時はなんとやら、と言うでしょう?」
「いや、助かった。……感謝する」
「……あいつも懲りないな」
 黙って紅茶を啜っているアイクと一緒に、椅子に座って本を読んでいたダークが大きくため息を吐いた。
「初日に君が気絶させたからじゃないかな?」
「……おれが悪いのか。それとこれとは無関係だろう」
 明らかに嫌そうな顔をしてダークが呟く。そういえば、ポケモントレーナーがマスターハンドの元に来た時、何故かダークに抱えられて気絶していたという。
 何故気絶していたかはわからなかったのだが、どうやらダークが暴れまわるポケモントレーナーを気絶させたらしい。確かにダークは、何も考えずに突っ走りそうなイメージがある。
「とりあえず、暫くここに居ればやり過ごせるはずです。もう大丈夫ですよ」
「いや……あいつはこれ位でやり過ごせるほど甘くは無い気が」
「そんなわけないじゃないですか。心配いらない……」
「もしもーし? 誰かルカリオ見てませんかー?」
 どうやら心配いらなくはなかったらしい。ドア越しにポケモントレーナーの声がして、扉を叩き、鍵のかかったドアノブを回す音に部屋の中に居た全員の顔が青褪める。そんな中で、リンクがマルスを小突いて、
「……心配いらないんじゃなかったっけ」
「と、とにかく早くルカリオさんを隠さないと! ダーク、アイク。どこかにルカリオさんを……」
「ん」
 明らかに焦っていたマルスの言葉にダークは適当に相槌を打ちいきなりルカリオの腕を掴んで引きずり、アイクがクローゼットの扉を開け、ダークがその中に唖然としているルカリオを放り込んだ。
 アイクが扉を閉めてしまったので、ルカリオの視界が一気に暗くなった。仕方無しにルカリオは精神を集中させ、波動の力で扉の向こうの状況を見る。相変わらずマルスがあたふたとしていて、その間にも扉を叩く音はどんどん大きくなる。
「もーしもーし! 誰かいませんかー!? こうなったらリザードンで扉を……でも前にそうやってマスターハンドに怒られたし……どうしようかなぁ」
 怒られたことがあったのか。そういえば数日前に丸焦げになった扉の残骸を寮内で見た。まさかそれがポケモントレーナーの仕業だったとは、ルカリオも思わなかった。
「待って、今開けるから……」
 あたふたとしていたマルスとは違って冷静だったリンクが扉の鍵を開け、中にポケモントレーナーを入れる。すぐにポケモントレーナーは部屋中を見回して、
「あの、ルカリオを見ませんでしたか?」
「見てないけど……また捕まえようとしてたの? 駄目じゃないか。ここは君の世界じゃないんだし」
「そんなのいいんです! ルカリオは貴重なポケモンなんです! 僕の世界でもリオルから十分になつかせた状態でレベルを上げないとゲットできないし、そもそもリオル自体中々手に入らないし……」
「……?」
 マルスが首をかしげると、ポケモントレーナーはふるふると首を横に振って、
「こっちの話です! とにかく、ルカリオを見ていませんか?」
「……さっきも言ったように、ルカリオは見てないよ」
「本当ですかぁ……? なんだかポケモンのにおいがするんですけど……」
 だからポケモンのにおいとは一体なんなのか。上目遣いと怪訝そうな表情をして、ポケモントレーナーがマルスの目をじっと見つめる。マルスも明らかに焦っているようだった。二人の間にリンクがわって入り、
「とりあえず、ここには居ないから他のところを探してみたらどうかな。どこかに隠れているかもしれないし……」
 そう言ってリンクは、焦っていたマルスにそっと目配せをする。ポケモントレーナーはそれでも納得が行かないのか、
「でも怪しいです。ポケモンのにおいもしますし……」
 リンクは呆れたようにため息を吐いて、
「ぼくらはいつもポケモンと一緒なんだよ? ポケモンの匂いがどんなものかは知らないけど、あっても不思議じゃないと思うな」
「でも……やっぱり」
 相変わらず渋るポケモントレーナーに流石に嫌気が差したのか、リンクは後ろで椅子に座って菓子を摘まんでいたダークに目配せをする。ダークは静かに椅子を立って、マルスとポケモントレーナーの間に入っていたリンクの更に間に割ってはいる。
 やはり初日の出来事のせいかポケモントレーナーはダークが嫌いらしく、ダークが割って入るなり敵意を剥き出しにした目をして。
「なっ、なんだよ! なんか文句あるかばーか!」
「……」
 ダークは精一杯の悪口を吐き続けるポケモントレーナーの首根っこを掴み、廊下に放り投げて扉を閉めてしまった。ダークが扉に鍵をかけてしばらくしてからやっと、扉の向こう側からポケモントレーナーの罵声と扉を力いっぱい叩く音が聞こえた。
「なにすんだよばかー! 開けろー! 開けろったら開けろ! あーけーろーっ!」
「……助かった」
 ダークの肩を軽く叩いて、額に汗が浮かんでいるリンクが大きくため息を吐いた。アイクも椅子から立って、クローゼットの扉を開けてくれた。視界が一気に明るくなり、ルカリオは目を細める。
「大丈夫か」
「……大丈夫だ。迷惑をかけたな」
「流石にもう大丈夫だといいんですが……」
「さっきのことがあったから、あてにならないわけね」
 マルスを茶化すようにリンクが言う。扉を叩く音もポケモントレーナーの罵り声ももう聞こえなくなったが、油断は出来まい。そもそも、ポケモントレーナーはここに居るメンバーの中で唯一戦う術を持たない者のはずなのに、ある意味この寮に居るメンバーの中で最強な気がするのは何故なのか。
 ふと、アイクとダークの視線が自分に注がれていた。しかも、何だか興味深そうな視線が。
「何だ」
「肉球……」
 肉球とダークに言われてもそれだけでは何だか分からない。相変わらず。二人は興味深そうな視線をルカリオに注ぎ、
「足の裏には肉球があるんだな」
 そう言って、アイクがいきなりベッドの淵に腰掛けていたルカリオの片足を持ち上げられ、足の裏をしげしげと見つめられた。リンクとダークもそれを見て、
「本当だ。犬に近いだけあってちゃんと肉球もあるんだ……」
「手の平には無いのにな」
 そう言って、ダークがもう片方の足を持ち上げて肉球に触れた。触り心地は満更でもないらしいが触られているこっちは気持ち悪いことこの上ない。必死に抵抗をするがダークはルカリオを解放してくれない。それどころか、それを見たアイクももう片方の肉球を触り始めた。
「お、お前ら! 何をやって……!」
「アイク……ルカリオさんだって困っているし……」
 マルスが止めようと間に入ろうとするが、アイクはしれっとした顔のまま、
「マルス、この肉球気持ちいいぞ」
「……本当?」
 止めようとしたのではなかったのか。一応マルスもそういった素振りは見せるが、顔には肉球に触りたいとしっかり書いてある。
「お前ら、やめろと言っているだろう!」
 そう叫んでも、二人ともやめようとはしてくれない。足の裏の肉球、しかも両足をずっと触られているのは気持ち悪い。一度変な声を上げてしまった。
「肉球……」
「えっと……ねぇ、どんな感じ? 僕にも……」
 もう誰もルカリオを助けてくれる者は居なかった。どうやらこの寮の中でルカリオの敵はポケモントレーナーだけではなかったようだ。人間とはこんなものなのだろうか。はたまたこの寮の中に居る人間が揃いも揃って変わり者ばかりなだけなのか、どちらなのだろうか。個人的には後者であって欲しいと切に願う。
「だからやめろと……! ああくそっ! 助けて下さい、アーロン様!」







「お、お前ら……やめろと言っているだろう!」
 ルカリオの必死の叫びに、足の裏の肉球を触っていたダークが明らかに嫌そうな顔をして、
「嫌だ。……肉球気持ちいい」
 この一言。ずっと足の裏の肉球を触られているこちらとしては気持ち悪いやらくすぐったいやらで大変なことになっているのだが、ダークや、ダークと一緒に肉球を触っているアイクはそんなことお構い無しに肉球を触り続ける。
 その後ろに居るリンクとマルスも止めようとはしてくれない。寧ろ肉球に触りたそうな表情をしている。もう誰でもいいから助けてくれないだろうか。頭の片隅でそう考えた。
 そういえば、遠くから大きな羽音が聞こえる。誰だろうか、いや、誰でもいい。助けてくれ……そう思ったその瞬間、
「みーつーけーたーぞー……」
 助けが入ったことは入ったが、よりによって最悪の助けだった。ポケモントレーナーがリザードンに跨り、空を飛んでベランダの先に居た。右手にモンスターボールを持ち、左手には木の棒を持っている。
 ポケモントレーナーは木の棒を丁度槍のようにぶんぶん振り回して、
「もうぜーったいに邪魔はさせないんだからな! 今度こそゲットしてやる!」
 それにあわせてリザードンが火を噴く。驚いた顔でアイクとマルスが肉球に触れるのをやめ、立ち上がった。ダークも肉球を触るのをやめたので、やっとルカリオは4人から解放された。
「ドラゴンナイト……!」
「どうしてこんなところにドラゴンナイトが……」
「いや、多分違うと思うな……」
 その正体はリザードンに跨ったポケモントレーナーなのだが、アイク達には違うものに見えたらしい。そこにリンクの冷静な突っ込みが入る。そもそもドラゴンナイトがどんなものか、ルカリオにはわからないが。
「どうだ、怖いかー! さっさとルカリオを僕に渡せー!」
 相変わらず木の棒を槍のようにぶんぶんと振り回し、高笑いを上げてポケモントレーナーが叫ぶ。
「どうしよう……ドラゴンナイトは剣じゃあまりダメージを与えられない……」
「くそっ……せめて弓があれば大ダメージを与えられるんだが……」
「お前ら、それは何の話だ……?」
 話の内容がさっぱり分からないマルスとアイクの掛け合いに対するルカリオの問いに、マルスはこちらを向いて、
「こっちの話です! とにかく、弓さえあれば……」
「どけ」
 そんな中で、三人と一匹の後ろでいそいそと何かをしていたダークが、アイクとマルスの間に割って入る。その手には、弓が握られていた。ポケモントレーナーはまた悪役のように高笑いを上げて、
「そんなもん効くもんか! ……っ!?」
 ポケモントレーナーの挑発もお構い無しにダークは弓を射る。弓はリザードンの翼に命中し、リザードンは一気にバランスを崩して落ちていった。勿論、ポケモントレーナーと一緒に。
「絶対諦めないからなー!」
「……早く諦めろ」
 ベランダの下からのポケモントレーナーの言葉に、ため息混じりにダークが一言呟く。
「……とりあえず、居場所が完全にばれちゃったね」
 リンクの言葉を聞いて今の状況を思い出す。ポケモントレーナーに居場所がばれてしまったのだ。ポケモントレーナーのことだ。リザードンに乗ったまま二階のベランダから落ちたとは言え、すぐにこっちに向かってくるだろう。流石にもうリザードンは飛べないだろうから、今度は寮内を走って来るだろうか。
 逃げ出そうとベッドから立ち上がろうとするが、腰が抜けたのか、立ち上がることが出来ない。アイクがそれを見て、
「立てないのか」
「……どうやらそうらしい」
「アイクとダークがずっと肉球を触っていたからじゃないかな?」
「マルスだって止めなかっただろう」
「それは……そうだけど……」
 口篭ってしまったマルスの代わりに、リンクが二人の間に入り、口を開いて、
「とにかくどこかに逃げないとルカリオさんがまた危ないよ。ダーク、ルカリオさんをおぶって行ける?」
「……あぁ」
 適当に相槌を打ったダークは、行き成りルカリオを荷物でも扱うかのように乱暴に担ぎ上げようとする。
 担ぎ上げ方には若干不満があったものの、抵抗するべく波動の力を使う気力もルカリオには残っておらず、そのままぐったりとした状態で担ぎ上げられた。
 カモフラージュ用にカーテンを閉めて、扉を開けて、全員廊下に出たら扉に鍵をかける。そういえば、前にポケモントレーナーは扉をリザードンの炎で燃やしたといっていたが、大丈夫なのだろうか。それをリンクに聞いてみると。
「大丈夫です。修理代に泣くのはぼく達じゃなくてマスターハンドだから」
 と、なんとまぁ人任せなちょっと酷い台詞が帰ってきた。確かに怒られるのはポケモントレーナーだし修理代に泣くのはマスターハンドだから自分達に何にも害はない。――しかし少し無責任なのではないか。そもそもこの会話自体ポケモントレーナーに扉を大破されることが前提なのだが。
 リンクの案内で、駆け足でどこかへ向かう。何処へ向かうのかと聞けば、寮の隅にある小さな庭園へ向かっているらしい。そんな場所があることさえ知らなかった。
 確かにリンクはここに居た期間はかなり長いらしく、寮内の構造に詳しいのも頷けた。しかし、これで本当にポケモントレーナーを撒くことが出来るのだろうか。やはり不安だ。何せ相手は……
「待て待て待てー! ルカリオは僕のものだー!」
 あのポケモントレーナーだからだ。いつの間にか追いついていたのか。いやそもそもベランダから落ちてから何故こんなに早く追いつけたのか。兎に角物凄いスピードでこっちに来る。
「だから、いい加減諦めたほうが……」
 仕方無しに足を止めて、振り返ったマルスがため息混じりにそう言う。それに対し地団太を踏んで、
「嫌です! ぜーったい嫌です! 僕の夢は世界中のポケモンを全部捕まえることなんです、それだけは絶対に譲れません! 夢のためならどんなことでもします!」
「諦めろよ……」
 ため息交じりのダークの言葉に、ポケモントレーナーは敵意剥き出しの顔をして、
「うるさいっ! ゴーストタイプみたいな顔してるくせに!」
 ポケモントレーナーの、夢のためならどんなことでもすると言うのは同意しかねるが、ダークがゴーストタイプのようだというのには同意できた。恐らくこれがポケモントレーナーの精一杯の罵り言葉なのだろう。
 大きくため息を吐いたダークは、担ぎ上げていたルカリオを降ろし、腰の剣に手をかける。剣を抜くつもりか、と思ったが、鞘を止めているベルトから剣を取り外しただけだった。しかしそれでも、今にも剣を抜きそうな雰囲気だ。
「な、なんだよ。剣を使うなんて卑怯だぞ!」
 どちらからも勝負を挑んだ覚えはないはずだが。
 ダークはポケモントレーナーの叫び声もお構い無しに鞘に収めたままの剣を握って、その剣でポケモントレーナーの鳩尾を殴った。ポケモントレーナーは呻き声を上げた後、床に倒れる。
「……ねぇダーク。ぼくはこの光景に既視感を覚えるんだけど。なんでだと思う?」
「こいつが来た日におれが全く同じことをしたから」
「正解」
 頭を抱えてため息を吐きながら、リンクはそう言った。
「でも、こうしなければいつまでもルカリオを追っていたんじゃないかなぁ……?」
「だけどマルス。いくらなんでも剣で鳩尾を殴るのは良くないと思う。……というより、ぼくがドクターマリオに怒られるんだよ……」
「気絶させたのはあいつなのにか?」
 ルカリオの問いに、リンクはまたため息を吐いて、
「ダークは言っても聞かなくて、何故かぼくが怒られる……この間だってそうでした」
 この間とは、ポケモントレーナーが来た日のことだろう。ダークに抱えられてマスターハンドのところに連れて行かれるポケモントレーナーの姿は覚えている。
 その時と同じように、ダークはルカリオと同じように乱暴にポケモントレーナーを担ぎ上げ、医務室に向かう。リンクは呆れた顔でダークについて行き、マルスもその後を追う。
 ルカリオは相変わらず腰が抜けて歩けず、その場にへたり込んでいたが、それを見かねたアイクがまた大きい荷物を扱うかのように担ぎ上げられた。もうこの扱いは慣れるしかないのだろう。
「ポケモンも大変なんだな」
 アイクの言葉に、無様な格好で担がれているルカリオはため息を吐き、

「ああ……アーロン様のところに帰りたい」
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