「……おっと!」
 屋敷の長い長い通路を走っている途中、曲がり角で反対側からやってきたファルコと、危うくぶつかりそうになってしまう。
 あわやというところで止まることが出来たが、あと少しでも足を止めるのが遅ければ、思い切りぶつかっていたに違いない。
「おい、危ねぇじゃねぇかシュルク! ……ったく」
「ごめんファルコ、今急いでいるんだ! ……あ、ちょっと待って!」
 踵を返し立ち去ろうとしたファルコを、僕は慌てて引き止める。
「確か今度は、君のランドマスターのメンテナンスがあったよね? 僕もそれに付き合わせてほしいんだ」
「はぁ? なんでそんなもんに……」
「前はフォックスのランドマスターのメンテナンスに付き合って色々見せてもらったから、今度はファルコのランドマスターを調べたいんだ。前の乱闘のリプレイを見たけど、君のはフォックスと比べて射撃性能を落としてまで対空性能を重視していたでしょ? だからエンジンや主砲部分もそうだけど、他の部分もどうやって耐久性を保ちつつ、軽量化を図っているのか凄く気になるんだ! だから、お願い!」
 この通りだから、とファルコに向かって深く深く頭を下げる。
 以前フォックスに頼んだ時は快諾してもらえて、ランドマスター内部どころかエンジンや主砲部分まで細かく見せて貰えたし、それ以降もアーウィンのエンジン部分やリフレクターの回路部分を見せてもらったり、フォックスの世界の機械について教えてもらったりと、これ以上ない程によくしてもらっているのだが、ファルコとはまだあまり面識もない上に、ここに来てから一緒に戦ったのもたった一回きりだ。
 それにフォックスと比べると、ファルコはどこか冷たくぶっきらぼうな印象がある。僕がここで頭を下げたとしても、あまり知らない異世界の人間に大切な得物を触らせてくれるかは、非常に怪しいところだ。
 ファルコの返事が来るまで僕が頭を下げ続けていると、頭の上からため息を吐く音がして、
「お前って奴は……噂通りの奴だったな」
「噂?」
「なんだ、知らねぇのか? お前がここに来てすぐ、機械を使ってる奴に回路を見せてくれだのエンジン部分を見せてほしいだの、度々声をかけてるって噂だよ。だが、腕は確かなのが救いだな。……いいぜ、手伝わせてやるが、余計なことはするなよ」
 とん、とファルコがその手……羽や翼と言った方がいいのだろうか、とにかくその羽で、僕の胸を軽く叩いた。
「本当にありがとう! 僕にできることならなんでもするよ」
 どうやら、ファルコにも了承してもらえたようで、本当に一安心だ。
 もしかすると僕がファルコのランドマスターも気になっていたことを知っていたフォックスが、事前にファルコに取り計らってくれていたのかもしれない。だとすれば、フォックスにはどれだけ感謝しても足りない。
「下手にいじって壊すんじゃねぇぞ」
「もちろんだよ。……あ、まずい!」
「おい、今度はなんだ?」
「キャプテン・ファルコンさんにブルーファルコンを見せてもらう予定だったんだ。せっかくマルスに頼んで仲介してもらったのに、これじゃあ予定の時間に遅れちゃう! じゃあファルコ、また今度よろしく!」
 ファルコの返事も待たずに、マルスと約束した場所まで僕は再び走り出す。
 僕は先程ファルコとランドマスターのメンテナンスに付き合う約束を取り付けたが、その前に今日はキャプテン・ファルコンさんにブルーファルコンを見せてもらう約束をしていたのだ。
 同じくキャプテン・ファルコンさんとの面識も、ここに来てから日の浅い僕には殆どない。だからマルスに仲介してもらうことで、なんとか約束を取り付けたのだ。
 様々な異世界から様々な人や生き物がここに集まっているだけあって、ここには不思議な機械が沢山存在している。ブルーファルコンもランドマスターも、巨神界で普通に生きていれば絶対にお目にかかることは出来なかったような機械だ。
 そういった機械は、僕の世界のものと異なるエネルギーを使用している場合がほとんどなので、ここでその仕組みを学んでも、あの世界で再現することはまずできないだろう。
 それでもここで蓄えた知識は元の世界に戻っても何らかの形で役立つだろうし、これらが一体どんな仕組みをしているのか、それを考えるだけでとてもわくわくする。こんなに自分の知識欲を満たせる場所に出会えるなんて、まさに願ったり叶ったりだ。
 それだけじゃない。先日マルスと見つけた、屋敷の片隅にあった瓦礫の山には、見たこともない機械の部品が山のように積まれていて、あそこで宝探しをしているだけで一日が潰せる。ここは僕にとって、まさに天国だ。
 腕時計をちらと見る。既に五分の遅刻だ。温厚なマルスが怒っている所はあまり想像できないが、多少機嫌を悪くしていることは十分に有り得る。
 本当はこの屋敷に居る以上いつだって会えるのだから、今のように会う時間も場所も決める必要などない。
 でも数日前に、瓦礫の山で見つけた部品を改良して作った腕時計をマルスにプレゼントしてからというもの、時刻を測れるものがずっと手元にあるのが余程嬉しいのだろう。僕と会う時にだけ、いつも分単位で予定を決めてくるようになった。
 今日だって午前十時半に、中庭でマルスと集合する予定があるし、今の僕はその為に乱闘が終わるなりすぐに、モナドを背負ったまま中庭まで走っているというわけだ。
 育ての親からは昔から研究ばかりじゃ体によくないだのなんだのと言われ、嫌々鍛錬に付き合わされていたが、こうして屋敷内とステージを駆けずり回っている日々が続くと、育ての親の言っていたことも決して間違いではなかったと、今なら思えるような気がした。
「ごめん、マルス!」
 勢いよく中庭への扉を開け、花壇とベンチの方へと走る。そこにはベンチに腰掛け、この前と同じように目を閉じ、僕が贈った時計の音に耳を澄ましているマルスの姿があった。
 マルスはあの時計をとても気に入ってくれたが、その中でもとりわけ気に入っているのが、ああして時計を耳に当てないと聞こえないような、秒針が動く微かな音だ。
 なんでもマルスにはあの音が人の心臓の鼓動のように聞こえるらしく、聞いているととても落ち着くらしい。
 この時計には命が宿っていて、秒針の音もその命の鼓動なんだ。――確か、マルスはそんなことも言っていた。
 そんな詩的なセリフは、僕の機械弄りにとても興味を示してくるわりには、数学書や機械の設計図より小説や軍記を好んで読むマルスらしい台詞だ。僕にはこんな言葉、きっとどこをどうしたって出てこない。
「八分の遅刻だね」
 時計を耳元から離し、その文字盤を眺めたマルスが、ぽつりとそう呟く。
 遅刻という割には随分と爽やかな笑顔をしているので、やはり予定に厳しいのではなく、単に時計を貰ったことが嬉しくて、予定を決めることで時計を見る機会を増やしたかっただけなのだろう。
「ご、ごめん。でもいいだろ、乱闘が終わるなり、ここまで走ってきたんだから」
「……そうだね、ファルコンさんとの予定まで、もう少し時間はあるから」
 君も座りなよ。そう言って、マルスがベンチの端に動く。そこそこ体力があるとはいえ、これだけ走ると流石に息も切れるので、背負っていたモナドをベンチに立て掛けてから、ありがたくマルスの隣に座らせてもらった。
 座って息を整えていると、それを見たマルスがおかしそうに笑った。マルスが取り決めた予定を守ろうと必死に走っただけなのに、どうして笑われなくてはいけないのだろう。
「ごめんね、僕のわがままに付き合ってもらっちゃって」
「別にいいよ。このくらい。……ちょっと疲れたけど」
「じゃあ今度は、余裕を持って時間を決めようか」
 予定の時間を決めないという発想は、今のマルスの中にはないようだ。少し面倒だとは思うが、僕が贈った時計をそこまで大事にしてくれるのは、やはり嬉しい。
 それにマルスは、この世界に来たばかりの僕に、初めて声をかけてくれた人だ。
 自分も初めてここに来た時は戸惑うことばかりで、皆に助けてもらってばかりだったから、君の気持ちはよくわかる。だから、何か困ったことがあったら何でも聞いて欲しい。――初対面でマルスは僕にそう話して、握手を求めてきたのだ。
 そしてその求められた握手を交わした僕は、マルスにこの世界のルールや屋敷の設備、ここに居る人たちのことなど様々なことを教えてもらい、そして今日のキャプテン・ファルコンさんとの仲介のように、様々な形で助けてもらっている。
 だからこそ何か恩返しがしたいと、あの日時計を送ったのだ。
 ちなみに、一週間で作ってみせるなんて言ったわりに実は結構ギリギリで、前日に徹夜して時計を組み上げたことは、恥ずかしくてまだマルスには内緒のままだ。
「本当に、これを持って帰ることはできないのかな?」
「それは……やっぱり無理なんじゃないかな。だってマスターハンドが決めたルールなんでしょ?」
「折角シュルクが作ってくれたのに、この世界に置いていくなんて勿体ないよ。……それにね、ルフレにこれと同じものは未来にあるのかって聞いたけど、無いって言われたんだ。未来の僕の世界でも、これは作れない。……やっぱり、君は凄いな」
「未来の、マルスの世界か」
 マルスが居た世界からは、あと二人のメンバーが来ている。しかしその二人とマルスの関係は、どうも少し変わっているらしい。
 なんでも、その二人はマルスが居た時代からおよそ二千年後の未来からやってきたという。そのため同じ世界から来ているといっても、異なるものは多いらしい。
 それ以外にも二千年経っているのなら、その間に何が起こったのか知りたいのに、二人が何も教えてくれない。そうマルスが不満がっていたのも覚えていた。
「(どんな場所なんだろう)」
 今日のように、マルスと話す機会は沢山あったが、その二人、ルフレとルキナと話す機会はあまりなかった。マルスには教えてくれなくても、全く異なる世界から来た僕になら教えてくれたりしないだろうか。ぼんやりと僕がそう考えていたその時、
「……あ」
 強めの風が吹いて、ベンチに立て掛けていたモナドが倒れ、地面に落ちる。僕はそれを拾おうとしたが、隣に居たマルスも同じくモナドを拾おうと手を伸ばしていた。
 そして僕と、マルスの手が、同時にモナドに触れたその瞬間、
「(!?)」
 視界が急に青く光り、目の前に映る全てが歪む。
 最早すっかり慣れてしまった感覚だ。僕はこれから、何かの未来を見る。
 今日だって、乱闘中に既に一度未来を見ている。マリオさんのファイアーボールで怯んだ隙に、アイクの重たい一撃を直に食らってしまい、僕が思いきり吹っ飛ばされる未来だ。その未来を変えるために、僕は紙一重でファイアーボールを避け、その勢いでアイクの剣を受け流したのだ。
 今回は誰の、そして何の未来を見るのだろう。マルスがモナドに触れたから、僕はこれからマルスの未来を見るのかもしれない。
 マルスの勝ち負けに関わる未来だったら、後でこっそり教えてあげようかな。そんなことを考えていると、視界が更に歪み、僕が見ていたはずの中庭の景色はもうどこにもなくなってしまった。
 代わりに僕の視界に映るのは、見ただけで体が竦みそうな、禍々しくも大きな竜が赤い空を駆ける姿。
 次に見えたものは、どこかで見た覚えのある紋章が描かれた青い旗が、焼け落ちていく光景。
 その次は、大きな炎を上げて、崩れ落ちていくどこかの大きなお城。
 最後は、瓦礫に埋もれた街の中で、これまた見覚えのある剣を手に、星空を仰ぐ誰かの姿。
 この未来視は、もしかして、
「シュルク? ……シュルク?」
 心配そうなマルスの声と一緒に、歪んだ視界が急に元に戻っていく。未来を見る時の感覚は最早慣れっこだとは言ったものの、流石にここまで大がかりな未来視は慣れていないのか、少し眩暈がする。
「どうかした?」
「あ、ううん……なんでもないんだ」
 未来視のせいで僕が拾い損ねたモナドは、マルスが代わりに拾っていてくれたようだ。僕はそれを受け取り、先ほどと同じ所に立て掛ける。
「(あの、光景は)」
 僕はこの神剣モナドの力で、未来が見える能力を持つ。
 未来を見ることが出来ると言っても、突如頭の中に映像が流れ込んできて、不思議な夢を見せられているようなものなので、僕もこの力の完全なコントロールは出来ない。それだけに、好きな時に好きな未来が見えるわけではないため、これは未来を見る能力というより、危険を察知する能力とでも言った方が近いのかもしれない。
 そして大体の場合、それは少し先の予期せぬ未来であることが殆どだ。だがさっきのように、遠い先の未来も稀に視ることが出来る。
 あれは恐らく、マルスの身にいつか訪れる未来なのだろう。空を駆ける禍々しい竜。焼け落ちる紋章旗。崩れ落ちていく城。瓦礫ばかりの街で、剣を手に夜空を仰ぐ誰かの背中。
「(あれが、マルスの未来)」
 マルスは自己紹介の時に、自分は一国の王子だと話してくれている。それだけにあの未来視は……そういうことなのだろう。少なくとも僕にはどうしたって、よくない想像しか出来ない。
「(どうしよう)」
 いつもの僕だったら、未来を変えようと必死に足掻いていたはずだ。望まない未来を変えたいと願うのは、誰だって当たり前のこと。
 だが、今の僕にそれもできない。そもそも僕には、許されていないのだ。
 自分達が元居た世界の文明を壊すことが無いように、僕達は互いの世界に行くことはできない。その上先ほどマルスが愚痴を零していたように、違う世界の物を持ち込むことさえ許されていないのだ。
 恐らくあの未来視はここではなく、マルスの世界で起こる出来事だ。
 僕はマルスの世界に行くことは、許されていない。
「(だからこの未来は、どうやっても変えられない……!)」
 足掻けるだけ足掻いても変えられなかった未来は、ずっと前に経験済みだ。
 もう二度とあんなことにはさせないと、かつて僕はそう誓った。それなのに、
「(足掻くことさえ許されないなんて……あんまりだ)」
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