焼け落ちる街を、僕は見下ろしていた。
 焼け崩れたいくつもの建物。まだ火の残る瓦礫の下に挟まったまま息絶えた人々。火と瓦礫の間に蹲り呆然とした表情で空を仰ぐ人々。
 僕はまるで鳥――いや、それよりもずっと大きな何かになって空を飛びながら、それらの光景を眺めていた。
「(……ああ、これはきっと)」
 これは恐らく夢だろう。そしてこの夢が意味するところも、僕は既に気付いている。
 思わずため息が漏れた。しかしそのため息は、まるで巨大な竜が発する咆哮のような響きを持っていた。これも、予想の範疇だ。
 これが僕の予想した通りのものであるならば、この夢には間違いなく「彼」がいるはず。瓦礫の山と化した街の中をじっと見下ろし、僕はそれらしき人物を探す。
「(あれは)」
 先ほど僕が発した咆哮に誰もが震えあがり、瓦礫の山を逃げ惑う中で一人だけ、巨大な竜となり空を泳ぐ僕を睨みつける青年の姿があった。彼は僕がよく知る剣を持ち、剣を持つ手の甲には何かの紋章を宿し、その髪色と同じ青い瞳は強い怒りに満ち溢れている。
 僕は彼に対し何か言葉を発しようとしたが、喉から発せられた言葉は先程と同じように、禍々しい竜の咆哮となって、周囲に響き渡る。――まるで、彼を威嚇するかのように。
 しかし彼は怯まない。眉間に皺をよせ、よりきつい表情で僕を睨みつける。
 その表情もやはり僕が見知った、ある三人の男女に酷似していた。



 夢の中で見たもののせいで、目が覚めた後もしばらくの間僕はベッドの上に横たわっていた。誰だってあんなものを見せられれば、気持ちよく目覚められるわけがない。
「(まさか、夢にまで出てくるとは思わなかったな)」
 あれは恐らく、以前教えてもらったシュルクの未来視だ。
 英雄王が守った国が滅ぶ瞬間の未来であり、やがて僕達の時代へと繋がっていく歴史のひとつでもある。
 モナドがそれをシュルクに見せた以上、英雄王とシュルクにとってあれは望まぬ未来なのだろう。
 実際にその未来を知った時、英雄王は絶望した。だが同時にあの未来視と、ルキナが見せた本、そして僕が教えたある星の名前のおかげで、たとえ国が滅んでも、英雄王の血と想いを受け継ぐ人間がいることを知った。たとえ国が滅んでも、自身の存在が永遠に人々の救いでいられることを知った。
 そうしてあの未来は変わらないままでも、英雄王の御心は確かに救われた。
 ……それだけで終わればいいのだが、残念ながらそうはいかない。何故なら英雄王はまだ知らないのだ。
「あれは、僕じゃない」
 右手の甲に視線を移す。そこにはもう、あの禍々しい模様はどこにもなかった。
 長かった戦いの末にあの力と共に紋章は消え、本来の役目を失った僕は普通の人間になれた……そのはずだ。
 しかし少し前までそこにあったはずの紋章は、確かに証明していた。
「……でも、確かに僕だったのだから」
 千年前にアカネイア大陸を闇に覆った邪竜の器として、僕もあの未来視に関わっていたことを。






「シュルク、いるかい?」
 屋敷の物置に足を踏み入れれば、シュルクが瓦礫の山の前でいつものように宝探しをしていた。乱闘が終わるなりすぐここやってきたのだろう。シュルクの横にはモナドと、開け放しの工具箱と、その中にあったであろう工具が無造作に置かれていて、彼のオイルまみれの手には何かの機械のパーツと、スパナという工具が握られていた。
「……ルフレ? 一体どうしたの?」
「少し君に用事があって」
「用事? 何か機械でも壊れたの?」
 頬に黒いオイルがついたまま、シュルクはきょとんとした表情で首を傾げた。
 彼を呼んだはいいものの、ここに来た目的をすぐには言い辛く、視線を少し横にずらす。すると瓦礫の山から少し離れた場所にしおりを挟んだ一冊の本と、小さな椅子が置かれているのが見えた。あの椅子は普段、英雄王が使っているものだろう。本は英雄王が読みかけのものに違いない。実際にいつもならば、あの場所に英雄王の姿があるのだろうが、今はステージの上で戦っているのでここにいるはずがない。僕はそれを知った上で、あえてこの時間帯に彼の元を訪れたのだ。
 英雄王はシュルクが機械を弄っている様子が好きだと言っていただけあって、この場所に椅子と本を持ち込んでシュルクの機械いじりを眺めながら読書にふけったり、時には彼の手伝いをしているらしい。
 僕達はシュルクの世界よりも文明が遅れている世界から来ている。それゆえシュルクが扱う機械や道具はわからないものだらけだ。
 そして、そんな僕達の時代から更に昔の時代からここに来ている英雄王も、彼が好み使用するもの、そして彼が生み出すものはやはりわからないものだらけだと言っていた。それでもわからないなりに彼の役に立ちたいのだと、工具や部品の名前を徐々に覚えることで彼の役に立とうとしているようだ。
 それだけに英雄王とシュルクは仲が良い。同い年かつ同じ剣士だと本人たちが言っているだけあって、何かと気が合うのかもしれない。……だからこそ、先日のような本人たちも予期せぬ出来事が起こってしまったのだろう。
「(そして、そのきっかけを生み出したのは)」
 心の中でそう呟くと、胸がちくりと痛みだした。だがあの未来視と、ルキナが居た未来で僕がしでかしたことを考えれば、胸が少し痛むくらいで許してもらえるはずなどない。
「シュルク。モナドを持って、僕の手を握ってくれないか」
 彼の前に手を差し出し、僕はそう言った。
 シュルクは何故そんなことを言い出したのかわからない、と言った顔をしていたが、手に持っていた工具と機械を床に置き。無造作に近くに放ってあったモナドを手に取る。
 そして言われたとおりにモナドを持っていない方の手で僕の手を握ろうとしたのだが、自分の手にオイルがついていたことに気が付いたのか、慌ててその手をひっこめる。そしてどうやらハンカチを忘れてしまったらしく、ズボンが汚れるのも構わずにその裾で自分の手をごしごしと拭っている。
 僕としては別に構わないのだが、シュルクが気にするのであれば仕方ない。頬にもまだオイルがついていることは、また手や服を汚してしまうことになるので、あえて言わないでおいた。
 ある程度手にこびりついたオイルを拭い落とすと、シュルクが差し出した僕の手を握る。オイルが完全に手から落ちていないのか、彼の手はまだ若干べたついていたが、このくらいなら別に気にならない。
「何か見えたりしないかい?」
 その言葉で、シュルクも僕が何を求めているのか察することができたのだろう。シュルクはそっと目を閉じて、モナドを持つ右手と、僕の手を握る左手にそれぞれぎゅっと力を込めた。
 確か彼が未来視を見る時は、一瞬だけ彼の目が青く光るはず。それが起こらないことを祈りながら、僕は何も言わずにシュルクを待った。
 やがて、シュルクは目を開け、ゆっくりと首を横に振る。その瞳が青く光った様子はないので、恐らく未来視が発動することは本当になかったのだろう。
「……わかった。急に変なことを言い出したりしてごめんね」
「ルフレは僕に、君の未来を見てほしかったの?」
「うん、実はそうなんだ。何も見えなかったようだけど、未来視が起こらないということは、逆にこの先何も起きないと考えてもいいのかな?」
 シュルクにはモナドのおかげで未来を見通す力を持っている。
 実際に普段彼はその力を用いて戦っているし、さらに数日前には英雄王の治世から遙か先の時代であり、同時に僕達の時代からおよそ千年も前の出来事でもある未来を見ている。
 ただし彼が見ることの出来るものは、変える必要のある予期せぬ未来だけだ。数日前の出来事はシュルクの未来視と、僕達が知っているものが奇跡的に噛み合い、異なる結果になったというだけで、彼の能力で見える未来は一貫して変わらない。
「……それはどうだろう。僕もちゃんと自分の意思で未来視が使えるわけじゃないから、未来視が起きなければ何も起こらないって考えるのは、少し違うと思う」
 彼の力と、かつて邪竜の器であった僕の立場をもってすれば、邪竜が再び蘇るかどうかもわかるかもしれない。もしそれがわかれば、英雄王とあの未来視のようなことが起きてしまう前に、事前に何か手を打つことができるかもしれない。
 そう思ったのだが、どうやらそう上手くもいかないようだ。本当に何も起こらないのか、あるいは僕達とは関係のないところで起こる未来だからこそ、僕達では見ることができないのか……それさえもわからないようだ。
「そうか、未来視といえど流石にそこまで万能じゃないか。……何はともあれありがとう、シュルク」
 残念ではあるが、実際に未来視が起こってしまうよりははるかにましだ。それに未来が見えるとはいえ、彼の力に頼りすぎるのもよくない。
「急にこんなことを言い出して、何か不安なことでもあるの?」
「不安なこと、か」
 僕はあの未来視に居た邪竜の血を引いていて、実際にルキナが居た未来ではこの身に邪竜の力を宿し、大陸を滅ぼしている。未来視の中で英雄王の国を滅ぼした時と同じように、僕がルキナの時代を絶望に導いた。
 結果的に仲間たちの力でその未来は防がれたが、また邪竜が目覚めるのか不安で、シュルクの力を使って未来で本当に何も起きないのか見てもらいたかった。
 そう言えればいいのだが、みっともないことに口にする勇気はまだ僕にはない。
「……そうだね。君にも多少は関係のあることだから、いずれ話したいと僕も思ってる。ただ、悪いがもう少し待ってほしいんだ」
 実は僕もあの未来視に関わっていたことは、シュルクや英雄王には話していない。ルキナは僕から何か言わずとも既に知っているはずだが、僕が教えるまで黙っていてくれるだろう。
 この世界に来る前から、英雄王の未来についてはちゃんとご本人に話すつもりでいたのは事実だ。だが、彼の国を滅ぼした邪竜と僕の関係については、隠し通すつもりでいた。だが僕は今迷っている。未来視の上にあの夢を見てしまった以上、彼らにこのことを隠し続けるべきか否かを。
 僕が奴の器としての役目を失った以上、わざわざ話す必要もない。そして英雄王の未来と僕達の歴史との関係性に比べれば、隠し続けることはそう難しくない。というのが理由であったが。あくまでそれは建前に過ぎない。
 僕は恐ろしかったのだろう。いくら聡明な英雄王と言えど僕の全てを聞かされれば、間違いなく動揺するだろうし、僕と英雄王の関係は今まで通りとはいかなくなる。
 英雄王が僕を拒絶するくらいで済めばまだいい方だ。最悪の場合は……どうなるか考えたくもない。
「僕の、心の用意が出来るまで」
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